「かむことの愉楽」味わう マレーシアのもやしチキン
マレーシアの首都クアラルンプールから車で約2時間半離れた北西部ペラ州の州都イポー。「美食の街」として知られ、週末にはクアラルンプールなどから多くのマレーシア人が名物料理を目当てに訪れる。中でも有名なのが、ゆでた鶏肉ともやしを一緒に食べる「もやしチキン」だ。
観光客が集まる繁華街の中心部に位置するオン・キーは、もやしチキンの「元祖」と呼ばれる店の一つだ。リー・ホーさん(83)が約50年前に屋台を開いた当初、チキンともやしは麺の上に載せる具材だった。「単品でがっつり食べたい」という深夜まで働く労働者らの要望に応えて現在の形に落ち着いたという。
放し飼いの養鶏場で育った鶏を毎朝6時に仕入れ、深さ1メートルの大鍋でその日に使う分を一気にゆでる。冷蔵では新鮮な鶏肉のうまみが失われてしまうからだ。太くて短いのが特徴のイポー産のもやしも指定工場からの直送だ。
骨付きの鶏肉は弾力性があり、かむごとに口の中でうまみが広がる。シャキシャキとしたもやしとともに「かむことの愉楽」を味わえる。セットで注文することが多い米麺は対照的に、かむ必要がないほど柔らかい。鶏肉やもやしにかかる濃厚な甘めのたれと薄味の米麺のスープが合う。
オン・キーに隣接し、長く味を競い合ってきたのがロウ・ウォンだ。30年以上シェフを務めるヨー・チャンチョンさん(52)によると、鶏を丸ごと約45分間ゆでた後、氷水につけるのがプルプルな食感を出す秘訣だという。干しえびなどを調合したたれとコショウが、鶏肉やもやしの味を引き立てる。
旧市街から西側に車で約10分の住宅地にあるレストラン・アヤム・タウケは、地元住民でにぎわう。ウー・コックフェイさん(42)は30年前に開業した母から、ピーナツ油を使ったオリジナルのたれなどレシピを受け継いだ。
午後7時ごろには常連の家族連れが次々と来店し、もやしチキンを注文する。あらかじめゆでておいた鶏をシェフが中華包丁で素早くぶった切り、さっと15秒間ゆでたもやしを皿に盛る。円卓を囲む家族の笑い声と、包丁がまな板をコンコンとたたく音が夕暮れの住宅地に心地よく響く。30年前から変わらない光景がそこにある。
カレー麺や鶏の塩釜焼きから、豆乳、飲茶、キンキンに冷やしたスノービール――。美食の街と呼ばれるだけあって、イポーには数多くの名物料理がある。マレーシアではマレー系が人口の約7割を占めるが、イポー周辺には華人系住民が古くから多く住み、豊かな食文化を築き上げてきた。
名物飲料として知られるのが「ホワイトコーヒー」だ。香りが高く、加糖練乳を加えて飲むのが一般的だ。旧市街には有名店が幾つかあるほか、国内大手喫茶店チェーンの看板メニューにもなっている。
(クアラルンプール支局 中野貴司)
[日本経済新聞夕刊2019年12月5日付]
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