日本は特別な場所 ローマ法王が38年ぶり来日

フランシスコは近代以降で初の非西欧世界出身の法王となった(2018年1月)(C)Sipa Press/amanaimages
フランシスコは近代以降で初の非西欧世界出身の法王となった(2018年1月)(C)Sipa Press/amanaimages

ローマ法王フランシスコ(82)が23~26日、来日する。カトリックの最高権威である法王は現代世界の政治や社会、文化に大きな影響力を持つ。批評家の若松英輔氏が解説する。

もっとも小さな国家であるバチカン市国の元首であり、同時に12億人の信徒が連なる世界最大の宗派であるカトリック教会の指導者、それがローマ法王だ。前法王のベネディクト16世が生前の退位を表明したのが2013年2月、翌月フランシスコが第266代の法王に就任した。着任したとき、彼の名を知る人は多くなかったが、およそ6年半の間に状況は一変した。世界はその言葉に注目し、影響力も著しく大きい。

本名はホルヘ・マリオ・ベルゴリオ。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに生まれ、イタリア系の移民の子どもとして育った。彼は、ラテンアメリカから初めてであるだけでなく、近代では非・ヨーロッパ大陸から誕生した最初の法王でもある。

弱者の視座に立つ

世界は人々が「ともに暮らす家」である、と法王はいう。「すべての者の母である教会」(『使徒的勧告 福音の喜び』)でなくてはならないとも述べている。誰も排斥されることのない「家」、それが法王の考える教会の姿だ。

法王は「気候危機」への参与も強く促す。なぜならそれは「家」に深くかかわり、もっとも深く傷つくのは途上国の弱い立場にいる人たちだからだ。法王は、弱い人、貧しい人たちの視座から世界の秩序を立て直そうとしている。

弱く、貧しい人は、過酷な日々の中で稀有(けう)なる叡知(えいち)を身に宿している。私たちは、手を差し伸べるだけでなく、そうした人々から学ばねばならない、とも語っている。

分断蔓延「橋を」

バチカンのサンピエトロ大聖堂でのミサ(2019年10月)(C)ZUMAPRESS.com/amanaimages

先月末、ある条件を満たせば、妻帯者でもカトリックの司祭になれるように規則が改められる、というニュースが飛び込んできた。およそ900年間続いた司祭の独身性が改められるのである。そのいっぽうで、聖職者による性的虐待などの教会のスキャンダルが数多く報じられる、という事態も起こった。だが、これも彼の改革の結果だった。

醜聞で教会の信頼が失われることは承知しつつ、彼が最優先で実行しようとしたのは罪を犯した人の断罪よりも、被害にあった人たちに教会として心からの謝罪をすることだった。

あるジャーナリストとの対談のなかで法王は「謝罪すると、橋がつくられます」と語っている。分断が蔓延(まんえん)するところに「橋をかける」ことこそ、自らに定められた使命だと考えている。同じ対談で「政治はたぶん、最大の愛徳行為の一つでしょう。なぜなら、政治をするということは人々を担うことだからです」(『橋をつくるために』戸口民也訳)とも語る。

ここでの「政治」は、勢力を争う政局的なものでなく、国や既存の区分を超えたところで行われる「新しい」政治にほかならない。

ローマ法王が来日するのは38年ぶり、2度目になる。日本におけるカトリック信徒の数は45万人に満たず、少数派だ。

それにもかかわらず、法王にとって日本は特別な場所である。彼の本を読んでいると日本に言及している個所(かしょ)に出会う。最初の赴任地として希望したのも日本だった。17年、法王が、被爆した長崎でジョー・オダネルが撮影した青年の写真「焼き場に立つ少年」に、「戦争がもたらすもの」との言葉を添えて関係者に送ったことが国内外で話題になった。

今回の来日では、長崎の被爆地と広島の平和記念公園での集いを行う。また、長崎では26人のキリシタンが処刑され、殉教した西坂を訪れる。非戦を説き続け、死刑制度に対しても強い「否」を表明する法王はこうした場所で何を感じ、何を語るのだろうか。

[日本経済新聞夕刊2019年11月18日付]