JR住田氏『役人につけるクスリ』 空港経営の参考に日本気象協会理事長 長田太氏

長田氏と座右の書・愛読書
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6月、日本気象協会に来るまで運輸省(現国土交通省)などで成田空港関連の仕事を長く経験した。反対派との対立から地域との共生を模索する時代への転換期だった。

成田と最初にかかわりをもったのは運輸省入省後、7~8年たち新東京国際空港課に配属されたころに遡る。2本目の滑走路をつくる計画が進んでおり、空港反対派の動きも活発だった。

おさだ・ふとし 1954年大阪府生まれ。78年京大法卒、運輸省(現国土交通省)入省。航空局長など歴任。退官後、成田国際空港会社副社長などを経て現職。

課長時代は霞が関よりも成田にいる時間の方が長かった。職員が家に火を付けられるなどテロのようなことが毎月のように起き、夜中によくタクシーで現場に駆けつけた。自宅には夜間、警察官が張り付いていた。

従来、国と地元との接触は自治体や事業者経由だったが、反対派の人たちなどと直接話すよう心がけた。政府の姿勢は過去のような一方的な土地収用をやめ、時間がかかっても話し合いをしようという方向に変わっていった。

のちに『成田の空と大地』を書いた労働経済学者の隅谷三喜男さんのところに、時折相談に行った。成田空港問題の原因究明、現状分析と解決への道を探るための「調査団」の団長を務めた人で、事態打開の糸口となった「シンポジウム」、その後の「円卓会議」の開催に力を尽くされた。

成田の整備に手間取る間に、他国にアジアのハブ空港ができ、日本の地位低下を招いた。だが、地域との接点をもち、現場をみて物事を進めるやり方は定着したと思う。2018年に、空港会社の役員として開港40年を迎えられたのは感慨深い。

運輸省の課長補佐時代に事務次官だった住田正二氏が立ち上げた研究会を手伝い、公私ともに付き合いを深めた。経営についての考え方を学んだのもこの頃だ。

住田さんとの付き合いは彼の退官後も続いた。第2次臨時行政調査会専門委員を務め、国鉄民営化を経て社長、会長としてJR東日本の経営に携わる姿に間近に触れることができた。話の筋が通っており、論理的で、古巣の役人にも政治家にもはっきりモノを言う人だった。「自由な経営をやらせてくれ」「運賃も好きに決めさせてくれ」などとよく話していた。

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