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肝臓がん狙い撃つ「分子標的薬」続々 2次治療に光

2019/9/23付 日本経済新聞 朝刊

肝臓がんは日本を含むアジアに患者が多く、膵臓(すいぞう)がんなどと並んで治療が難しい。2017年から今年にかけて新薬が相次ぎ登場し、最初の抗がん剤が効かなくなった患者に他の薬を使う治療法が確立しつつある。副作用を抑えつつ複数の薬をうまく使いこなせれば、病気が進行して手術が難しい患者にとっても福音になりそうだ。

レンバチニブの臨床試験の結果を報告した学会の風景。肝細胞がんの1次治療薬として普及が進んでいる=エーザイ提供

東京都に住む70歳代の男性は約10年前に、肝臓がんの一種の肝細胞がんを発症。武蔵野赤十字病院(東京都武蔵野市)を受診し、ラジオ波でがんを焼いたり、放射線で治療したりした。だが肺へ転移したため、18年5月にエーザイのレンバチニブの服用を始めた。転移したがんの増殖が1年以上にわたって止まっている。治療した泉並木院長は「投薬を続け、休日は趣味を楽しむ生活を送っている」と話す。

肝臓がんは大腸や胃、肺に続いて患者が日本で7番目に多い。毎年約4万人が新たに発症し、17年には約2万7千人が亡くなった。06~08年に肝臓がんと診断された人の5年生存率は男女ともに30%台前半にとどまる。アジアやアフリカに患者が多い。肝臓でできるがんの約9割を肝臓の細胞ががん化する肝細胞がんが占める。

初期の肝細胞がんは手術で患部を切除したり、ラジオ波で焼いたりする。がんの直径が3センチメートルを超えるなどした場合には、がんにつながる血管に詰め物をして栄養の供給を断つ「塞栓療法」を行う。塞栓療法だけで十分な治療効果を望めなかったり、がんが肝臓の外へ転移していたりする場合には、がんを狙い撃ちにする「分子標的薬」を使う。

日本では「ソラフェニブ」が、肝細胞がんに対する初めての分子標的薬として09年5月に登場した。がんの増殖や、がんに栄養を運ぶ血管ができるのを防ぐ「チロシンキナーゼ阻害剤」の一種だ。最初の抗がん剤治療である「1次治療」で使う。

偽薬(プラゼボ)に比べて患者の生存期間を3割以上延ばし、広く普及した。だがその後は新薬の開発が難航した。臨床試験(治験)でソラフェニブを上回る効果を証明できず、開発が次々に失敗したためだ。

事態が好転したのは17年以降だ。同年6月に、8年ぶりの新たな分子標的薬として「レゴラフェニブ」が登場した。ソラフェニブが効かなくなった患者の約3割に、「2次治療」として使う。

18年3月にはソラフェニブと並び、1次治療に使うレンバチニブが現れた。この薬はがんに栄養や酸素を運ぶ血管ができるのを阻み、がんが増えるのを防ぐ。

日米欧など21カ国の954人を対象に実施した国際的な治験で、ある尺度でみた場合にがんが縮んだ患者の割合が41%と、ソラフェニブの3倍以上に達した。レンバチニブを販売しているエーザイの大和隆志執行役は「18年6月以降、1次治療に使う分子標的薬の8割のシェアを維持している」と話す。

泉院長は「1週間服用するだけで、がんの増殖を抑えるかどうかをコンピューター断層撮影装置(CT)の検査で確認できる」とレンバチニブの特徴を指摘する。武蔵野赤十字病院でも、最近は最初の治療でレンバチニブを使うことが多いという。

さらに19年6月には、日本イーライリリーの「サイラムザ」が登場。分子標的薬の一種で、抗体を使った点滴薬だ。肝細胞がんの悪化の度合いを示す血液中のたんぱく質の濃度が一定以上の場合に、ソラフェニブが効かなくなった患者で生存期間(中央値)を8.5カ月と、偽薬より2割延ばした。ソラフェニブが効かなくなったり、副作用などで十分に使えなくなったりした患者のうち、約4割に使える。

今後はこの4種類の分子標的薬をうまく使いこなすことが医療の現場に求められている。泉院長は「医師と薬剤師、看護師がチームを作り、副作用を可能な限り抑えながら長く薬を使い続けることが大事だ」と指摘する。

そのためには4種類の薬をどう選び、どのタイミングで切り替えるかのノウハウを蓄積して共有する必要がある。特に1次治療の分子標的薬を、いつ2次治療に切り替えるかが大事になる。治療に必要な体力を養う食欲を保つためにステロイド剤を短期間使ったり、栄養士と協力して投薬で変化した味の好みに対応したりすることも必要だ。

4種類の薬は効き方も副作用の種類や強さも異なる。患者や家族も薬の選択を医師に任せきりにせず、必要な情報を自ら学ぶことが欠かせない。

◇  ◇  ◇

■肝炎の治療薬も充実

肝細胞がんができる主な原因は、B型肝炎やC型肝炎のウイルスが長い期間にわたって感染し続けることだ。肝細胞が炎症と再生を繰り返すことで遺伝子の突然変異が蓄積し、がんになると考えられている。他にも過度の飲酒や喫煙、肥満や糖尿病、脂肪肝もがんのリスクを高める。

肝炎の治療薬は近年、充実度を増している。2015年に米ギリアド・サイエンシズが日本でC型肝炎の特効薬「ハーボニー」を発売。同社は17年にも、骨や腎臓への副作用を抑えたB型肝炎薬の「ベムリディ」を発売した。肝炎の治療が進めば、肝細胞がん発症予防につながる。

肝細胞がんの新薬開発も進む。免疫の力を使うがん免疫薬を単体で使ったり、他の薬と併用したりする複数の第3相の臨床試験(治験)が日米欧などで進行中だ。開発に成功すれば、1次治療の有力な手段になりそうだ。

新薬が登場する前の時点でも、肝炎の患者が定期的に超音波で肝細胞がんの有無を調べるなど、がんの早期発見や治療に向けてできることはある。

(草塩拓郎)

[日本経済新聞朝刊2019年9月23日付]

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