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映画『ある船頭の話』 主人公の眼と内面に焦点

2019/9/13付 日本経済新聞 夕刊

俳優のオダギリジョーの監督デビュー作である。文明開化の波が押し寄せる時代を背景に、小さな村落の渡し舟の船頭を主人公にして、時代の変化と人間模様をゆったりとしたリズムで描き出す。監督自身が10年前に構想した原案を脚本にした世界である。

東京・新宿の新宿武蔵野館ほかで公開(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

山間の河辺の小屋で独り暮らす初老のトイチ(柄本明)は、村と町をつなぐ渡し舟の船頭。日々、村人や商人や町医者など馴染み客を乗せ黙々と働いている。そんな山奥にも新しい時代の波が押し寄せ、川上では橋の建設が始まっている。

トイチが馴染み客から奇妙な惨殺事件の噂を聞いた頃、渡し舟に流れ着いた少女(川島鈴遥(りりか))をトイチは助けて面倒をみる。少女は何も語らず謎めいていたがトイチの小屋で暮らすようになる。やがて橋が完成し村人の生活が変化する中、事件が起こる……。

物語の細部はかなり曖昧である。時代はいつ頃なのか。少女と惨殺事件とはつながりがあるのか。主人公が時たま見る川の妖精のような少年とは誰か。快活だった源三(村上虹郎)の変身ぶりはどうしてか。現実と幻想、時間の流れは意識的にぼかされている。

その理由は、タイトル通り、主人公の船頭が見聞きした世界を描いているからだ。そのため、それぞれのエピソードは点景として現れ、トイチの夢や幻想が断片的に織り込まれる。謎めいた少女は謎のまま残される。物語のドラマ性を表面に残しながらも、主人公の眼と内面に焦点を当てた試みには魅了される。

山間のロケーションが素晴らしいが、その夏と冬を中心に大自然を切り取ったクリストファー・ドイルの撮影が見事。その自然と文明開化の波による変貌は、曖昧な時代背景から今日の環境問題に重ねることもできる。初監督作として、オダギリ監督の映画への姿勢が伝わってきて興味深い。2時間17分。

★★★★

(映画評論家 村山匡一郎)

[日本経済新聞夕刊2019年9月13日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…

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