映画『タロウのバカ』 無言の暴力への苛立ち
本年の日本映画における最大の問題作といえよう。
冒頭から衝撃的だ。廃墟(はいきょ)のような場所に障害者の介護施設があって、そこで殺人事件が起こる。この場面には実際の重度障害の人々が出演していて、明らかに相模原のやまゆり園での殺傷事件を連想させる。生産性の名のもとに異物を排除してなかったことにする社会の歪(ゆが)みを、白日のもとにさらす強烈な場面だ。
この介護施設でアルバイトをしていた高校生のエージ(菅田将暉)は、経営者側のヤクザから暴行を受け、怨(うら)みを抱く。エージは、同級生のスギオ(仲野太賀)と、母親から遺棄同然に見捨てられ一度も学校に通ったことのない痩せこけた少年タロウ(YOSHI)とを誘い、動物のマスクで顔を隠して、ヤクザを襲う。奪ったカバンには、実弾いりの拳銃が入っていた。
拳銃を手に入れ、3人の少年にとって世界の見え方が変わる。エージは学校をやめると決め、拳銃でタロウとロシアンルーレットを行う。3人一緒に夜の公園でサラリーマンを襲う。人を殺し、自分も死ねると思うことは、奇妙な全能感と深淵の前に立つ戦慄をかき立てる。3人の行動はさらにエスカレートして……。
大森立嗣が監督デビュー前の20代前半に書きあげた初めての脚本による。執念の映画化だ。若書きにしか不可能な、この閉塞社会をうち破りたいというあまりに未成熟な観念が、むきだしに表出されている。全篇(ぜんぺん)に制御しがたい暴力衝動が渦巻き、これほど凶暴な映画は昨今見たことがない。だが、残酷な描写が問題なのではない。この社会に潜む異質な他者の排除という無言の暴力に、拳銃を得た少年たちの留保なき苛(いら)立ちが対抗しているのだ。
スタイルの完成を拒否し、ショットごとに異なる指向性をもった見応えを作りだす。映画としての面白さも格別である。1時間59分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2019年9月6日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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