「平成家族」が生んだ危機 単身という選択肢の苦しさ立命館大学教授 筒井淳也

家族の変化を多様化として理解するのは容易だが実際に進行する事態は複雑だ=イラスト・よしおか じゅんいち

しばしば、「家族は多様化している」と言われる。たしかに、各国で同性カップルに婚姻制度を広げる動きがみられるなど、目に付きやすい「多様化」は進んでいると言えよう。ただ、実際の変化はそれほど単純ではない。ある意味では、多様化は思ったほど進んでいないと考えることもできる。

ひとつは、多様な家族を巡る価値観の問題だ。イレーヌ・テリーの『フランスの同性婚と親子関係』(石田久仁子・井上たか子訳、明石書店・2019年)では、同性カップルに婚姻と養子縁組を認めた「みんなのための結婚法」の導入の際に生じた保守派からの激しい攻撃の様子が描かれている。いわゆるリベラル派と保守派の対立は、しばしば家族のかたちを争点としている。この対立が厄介なのは、それが原理的に調停不可能だからである。

リベラル対保守

すなわち、リベラル派は選択(たとえば選択的夫婦別姓)を重視するのに対して、保守派は特定の選択(たとえば夫婦同姓)のみを許容する。ことリベラルと保守に関しては、価値観が違うままに共生する、ということができない。一方の価値観を尊重してそれにかなう制度を作れば、必ず他方の価値観を毀損するからである。イレーヌ・テリーが喝破するとおり、同性婚の許容は選択の自由ということ以上に、社会の制度を根本から作り変えるインパクトを持つ。

ジェンダーに彩られてきたのは、何も婚姻関係だけではない。「父/母」関係を含む親子関係もそうだ。同性婚とその養子縁組は、ジェンダー的社会制度を根本から変えてしまうがゆえに、保守派からの反発も強くなる。選択肢の多様化は、特定の選択肢に基づいた制度を優先したい人たちの価値観を許容しない。つまり特定の価値観を排除する。多様化は、すんなりとは進まない。

親子関係の多様化の背景にも、それを標準的なあり方に引き戻そうとする家族主義の「引力」がある。野辺陽子らの『〈ハイブリッドな親子〉の社会学』(青弓社・16年)は、保育の社会化や社会的養護の現場を観察すると、保育・養育は家族によって、さらには実親によって行われるのが望ましい、という価値観が通底していることを指摘している。

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