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私の課長時代

強豪ひしめく欧州攻略、コスト競争力を主眼に新工場 ブリヂストン社長 江藤彰洋氏(下)

2019/7/2付 日本経済新聞 朝刊

欧州の販売会社社長らと米国に研修に行った

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■新工場建設を提案。

仏ミシュランや独コンチネンタルといった競合がひしめく欧州は、当社にとって攻略が難しい市場でした。私が赴任した2000年代前半は、特に米国で起きたファイアストンのリコールの影響もあり、苦戦を強いられました。各工場を実際に回り、欧州事業をいかに足腰のしっかりした事業にできるか考えました。

生産体制の見直しというと工場閉鎖のイメージが強いのですが、私が出した決断はコスト競争力のある場所での工場新設でした。日本ではブランド力があっても欧州での認知度はまだまだ。まずは商品を市場に出していかないとブランド力は高まりません。高付加価値製品を売っていこうにも、お客さんは名前も知らないメーカーの高いタイヤを買わないでしょう。

■用地探しに奔走した。

すぐに用地探しに取りかかりました。東欧に注目し、ポーランド、ハンガリーなどで約30カ所の候補地を2カ月かけて調査しました。場所を考える上で一番の課題はどうやって人を集め教育をするかでした。

最終的にポーランド、ハンガリー、スロバキアの3カ所に絞り込みました。人材確保の面で見ると人口の多い首都から通勤できるハンガリーが好条件とにらんでいました。

日本から来た責任部署の担当者と3カ所を回って説明した際に、「もうハンガリーでと決めているんだろう。紹介の仕方が明らかに違うよ」と言われたのを覚えてます。現地の責任者にやりたいようにさせるのが成功の近道だと考えてくれたのかもしれません。結局、ハンガリーに決まり08年にタタバーニャ工場が完成しました。

■桜の成長の思いを重ねる。

赴任後にベルギーの社屋が移転、新本社の前には桜の木が植えられました。当時は欧州事業がグループに貢献できていませんでしたが、桜が成長するように欧州でのブリヂストンブランドの認知も高まればと考えていたことを覚えています。帰国後も毎年桜の写真が送られてきて当時のことを思い出します。19年には車両データの管理を手掛けるオランダ企業を買収するなど、事業拡大のためのアイデアを出してくれて頼もしく感じています。

これまで幅広く働く場を与えてもらいました。販売部門からドイツに行き、帰国後経理担当と言われたときは正直驚きましたが、販売にずっととどまっていたら工場で働くこともなかったでしょう。工場経験があったから、ヨーロッパで事業再編に携わる機会も得られました。全ての経験が今につながっているのです。

あのころ
2000年代前半、主力のタイヤ事業で需要の伸びが見込めるメキシコやブラジル、中国など新興国での工場建設を決め、グローバル展開を強化した。主戦場の米国や欧州でも積極的な投資を進めることで、タイヤ市場で世界首位の座を確実なものにしていった。

[日本経済新聞朝刊 2019年7月2日付]

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