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草笛光子が描く老いの友情 85歳の深みにじむ舞台劇

2019/6/18付 日本経済新聞 夕刊

稽古に励む草笛光子(左)と市村正親(東京都新宿区)

女優の草笛光子が名作として知られる米国発の舞台「ドライビングミスデイジー」の稽古に励んでいる。老いと人種差別の問題を織り込んだ出演者3人のセリフ劇に、85歳で挑む。

東京・新宿のスタジオを訪ねると、草笛は共演の市村正親、堀部圭亮とともに稽古に臨んでいた。舞台には2脚の椅子が前後に置かれている。前の椅子を自動車の運転席、後ろの椅子を後部座席に見立てて、前に座った市村と後ろの草笛が言葉を交わす。

「ドライビングミスデイジー」(22日~7月15日、東京・新宿の紀伊国屋ホール)は1948年から73年までの米ジョージア州アトランタでの物語だ。人種差別の意識が色濃く残っていた時代を背景に、教師を引退した厳格なユダヤ人女性デイジーと、黒人の運転手ホークの25年にわたる心の交流を描く。

戯曲は米劇作家アルフレッド・ウーリーによるピュリツァー賞受賞作。89年製作の映画版はアカデミー賞作品賞などに輝いた。

夫を亡くして独り暮らしをしている72歳のデイジーが車を運転していて事故を起こす。心配した息子は60歳のホークを雇い、デイジーのもとに送り込む。独立心が強く黒人への差別意識にあらがえないデイジーは初めはホークの車に乗ろうとしないが、次第に2人の間に友情が育まれていく。

■微妙な関係変化

物語の中盤に、デイジーがホークの運転する車で州外に遠出する場面がある。車を止めて用を足したいというホークに我慢するようデイジーは厳しく言う。だがホークは車を止め、車のキーを抜いて用足しに行ってしまう。取り残されたデイジーは車外に向かって「ホーク!」と3度呼ぶ。

演出の森新太郎

デイジーを演じる草笛のこの場面でのセリフを、演出の森新太郎は繰り返し確認していた。「1回目はホークが戻ってこないことに怒って『ホーク!』。2回目は返事がなくて少し怖くなってきて『ホーク!』。3回目は、捨てられたかもしれない、ともっと怖くなって『ホーク!』です」

草笛は森の言葉に注意深く耳を傾け、3度の「ホーク!」の言い方を少しずつ変えて試行錯誤を重ねる。デイジーとホークの関係が微妙に変化していることをうかがわせる重要な場面のセリフを、草笛と森は念入りに磨き上げていた。

70年近い芸歴を持つ草笛だが、今回は初めての演目に、初めて出会った演出家のもとで挑む。「好奇心が旺盛なのでお話をいただいてすぐに『やるわ』と言っちゃったけれど、稽古に入って『うわー大変、身に余ることを引き受けちゃった』と思っています」

自身も差別される立場のユダヤ人女性が、雇う相手の黒人と接する。幕が開いたときは72歳で、幕切れでは97歳になる。「どんどん年を取っていきながら、2人の関係が徐々に変わっていく。権高な女性に見えても相手のいいところをちゃんと見て分かっている。難しい役。戦っています」と表情を引き締める。

■味わいある芝居

ホークを演じる70歳の市村は、草笛と舞台で共演するのは93年のミュージカル「ラ・カージュ・オ・フォール」以来となる。「60歳から85歳までの『老い』を見せながら、ホークとデイジーが近づいたり離れたりする人生後半の旅を舞台でできたらいい」という。

そんな2人を見つめる森。「年齢的にも役にぴったりで真実味がある。淡々としたセリフにユーモアを忍ばせることや、ふとしたときに見せる怒りを抑えた演技はこの年齢でないとできない」と指摘する。

「草笛さんは素直で、演出家として演技の変化を楽しみたくなるから要求が多くなる。市村さんは人に気を使える優しさが十全に役に生かされている。ゆっくり進む会話のなかに味わいがある芝居で、いかに2人のやりとりが豊かになるかが重要」とみる。

デイジーは深く刷り込まれた差別意識を抱えながらもホークと心を通わせていく。「希望を描いて観客に光を提示している」と森は作品の魅力を語る。

(編集委員 上原克也)

[日本経済新聞夕刊2019年6月18日付]

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