映画『長いお別れ』 家族の絆を結び直す

近い将来に65歳以上の5分の1が認知症を発症すると言われる現在。認知症になった父と暮らした家族の7年間を実体験に基づいて書いた中島京子の同名小説を、『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督が映画化。前作の熱い愛を静かな温かさに包まれた家族の愛に変え、記憶は消えても心に刻まれた何かはきっと残るというおもいをこめて、認知症と向かい合う。

東京・新宿のTOHOシネマズ 新宿ほかで公開(C)2019『長いお別れ』製作委員会(C)中島京子/文藝春秋

元中学校の校長だった父(山崎努)の70歳の誕生日。久しぶりに帰省した娘2人、姉(竹内結子)と妹(蒼井優)は父が認知症になったと母(松原智恵子)から教えられた。

姉は夫の仕事で米国暮らし。息子は現地の生活に溶け込んでいても、母は孤独だ。恋人と別れた料理自慢の妹はカフェを出すのが夢だが、店を出すのは難しい。それぞれ30代の娘たちは人生の曲がり角にいた。夫を見守り、問題を抱えた娘たちを穏やかな愛で包む母の芯の強さが胸にしみる。

話の合間に挿入される家族の過去。お父さんのプロポーズの様子。お父さんがメリーゴーラウンドに乗れば娘たちの子供の頃の思い出が重なってみんなが笑顔になった。いつでも変わることなく愛を注ぐ母親がいるから娘たちも親を愛し、やがては大人になる孫も優しかった祖父母を忘れず、家族の血と思い出は受け継がれていく。

記憶がゆっくりと失われ、肉体的機能も損なわれていくことから英語には認知症を「Long Goodbye」=「長いお別れ」と呼ぶ表現があるそうだが、この別れのための長い時間が家族の絆を改めて結び直す。

「あのときお父さんは」と思い出して、笑いあう日もいつかくるだろう。雨が降れば傘を手に娘たちを迎えにきたお父さん。時間が作る愛とはこれ、としみじみ思える幸せな夫婦と家族の愛の物語は、認知症の不安に打ち勝って美しい。2時間7分。

★★★★

(映画評論家 渡辺 祥子)

[日本経済新聞夕刊2019年5月31日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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