映画『さよならくちびる』 感情の流れ、身ぶりで表現
「害虫」「風に濡れた女」など塩田明彦監督の映画の魅力は、登場人物の感情の流れを徹底して具体的な身ぶりで表現する点にある。門脇麦と小松菜奈が解散寸前のフォークデュオを演じる新作は、一見平凡な青春映画だが、塩田の映画術の精髄が詰まっている。
夏のアパート。男が歩いてくる。階段を昇る。ドアが開く。バッグが投げ出される。男は拾って担ぐ。ギターをもった女が出てくる。2人は無言のまま歩く。高架下の車に乗りこむ。後部座席でもう1人の女がハンバーガーを食べている。
「そこのバカ女に車内飲食禁止のルールを思い出させて」。最初のハル(門脇)のセリフですべての状況がわかる。相方のレオ(小松)とは口もきかないほど関係が悪化している。ローディーのシマ(成田凌)は、最後のツアーだと告げる。
浜松、四日市、大阪、新潟、酒田、弘前……。3人の旅を追うロードムービーである。才能豊かで音楽に賭けているが自分勝手なハル。美貌だが不器用で男にだらしないレオ。自身のバンドでの夢をあきらめ、付き人やホストをしていたシマ。回想を交えながら3人は街から街へと移動する。
ハルはレオに、レオはシマに、シマはハルに、ひそかな思いを寄せている。それがどうにもならないことも予感している。時に感情が堰(せき)を切って、それぞれが唐突に唇を求める。切ないキスはいつも拒まれる。
最終目的地の函館に向けて、小さなトラブルはあれど、旅は進む。車窓の風景は遠ざかる。3人の感情はうねる。夢を追うべきか、断念すべきか。ハルとレオの歌声に情感がこもる。
旅と音楽。どちらも時間軸に沿って不可逆的に進んでいく。そこには明確な形式がある。その形に塩田はとめどなく流れる感情を宿らせた。門脇と小松の歌(提供は秦基博、あいみょん)がいつまでも耳に残る。1時間56分。
★★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2019年5月31日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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