映画『兄消える』 軽みの真骨頂、86歳主演・柳澤愼一
柳澤愼一――いつからこの表記なのか知らないが、かつては「柳沢真一」だった――高齢世代にはなつかしいと感じる人もすくなくないだろう。おもに昭和30年代、エノケンや金語楼がまだ健在だったころに、ハイカラで軽妙洒脱(しゃだつ)な喜劇俳優として大活躍した。
1932年生まれというから、あのころはまだ20代の若手だったのか。ジャズ歌手出身だけに、映画のなかでもよくうたった。明るくカラッとして、遊び好きな若旦那的キャラクターが特徴的で、昭和25年生まれの子どもだった筆者にとっては、当時の喜劇界で逗子とんぼとならんで好もしいお兄さん、の印象だった。
その人が「兄消える」の「兄」として、86歳にして主演――60年ぶりの主演だという。
信州上田。100歳で死んだ父の葬式を出す、76歳の鈴木鉄男(高橋長英)。父の介護をしつつ、うけついだ町工場をひとりでやってきた。近所の幼なじみたちと夜スナックで一杯やるのだけがたのしみ。独身。
父の死をどこで知ったか40年まえに父と喧嘩(けんか)して出ていったきり消息のなかった80歳の兄、金之助(柳澤愼一)が、ふらっと帰ってくる。ずっと年下のちょっとハデな女、樹里(土屋貴子)をつれて。遊び人ふうの軽い物腰で。
まるでアリとキリギリスのような兄弟の対比。高橋長英の手がたい演技にささえられて、柳澤愼一が発揮する軽みの真骨頂。こんな80歳がえがかれたのは、はじめてではないか。
樹里が何かワケありそうで、そこからおこるサスペンスが、持続する。決して望郷の人情劇や高齢者の群像劇には終わらない。最後の着地――題名どおり兄消える――もあざやかだ。
監督は、文学座のベテラン演出家、西川信廣。脚本は「俳優・亀岡拓次」の原作者で劇作家・演出家の戌井昭人。 1時間44分。
★★★
(映画評論家 宇田川幸洋)
[日本経済新聞夕刊2019年5月17日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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