ヘルスUP

健康づくり

運動×脳トレで認知症予防 失敗することがよい刺激に

2019/5/8付 日本経済新聞 夕刊

運動に「脳トレ」を組み合わせたエクササイズがシニア世代の人気を集めている。体を動かしつつ計算したり、2つ以上の単純な動作を同時に行ったりして、認知機能低下の予防を目指す。重要なのはプログラムをうまくこなすことではなく、失敗を重ねる点にある。慣れない動きで脳に常に新しい刺激を与えるのに加え、ゲーム感覚で楽しめるのが魅力のようだ。

様々なプログラムがある中で、世界で広がるのがドイツ発祥の「ライフキネティック」だ。ライフキネティック日本支部(東京・中央)のインストラクター、中川慎司さん(39)が代表的なトレーニングを教えてくれた。まずは両手にお手玉を持つ。それぞれ同時に真上に投げる。落ちてきたら、腕を交差させて逆の手でキャッチする。

簡単に思えるが、実際にやってみるとあれれ……? 真上に放れないばかりか、両方とも手からぽろりとこぼれ落ちてしまった。中川さんは「複数の動作を同時に処理すると脳の様々な分野を刺激します。失敗しながら混乱することがむしろ良い刺激になると考えられ、常に新たな負荷を与えるのが大切。できるようになったら、次は交差する腕の上下を逆にしてみてください」と話す。

ライフキネティックは2007年に、独ミュンヘン工科大のスポーツインストラクターが脳科学の専門家らと考案。空間認識能力や反応速度の向上などが望めるとして、プロサッカーの強豪チームがトレーニングに採用したことで火がつき、英国や米国のほか、日本を含む13カ国に広がった。運動経験にかかわらず取り組めるため、高齢者施設や学校現場などでも導入されている。

頭を使いながら運動する「ライフキネティック」の高齢者向け講習会(4月、富山市)

4月中旬、富山市の角川介護予防センター。椅子に座った高齢者約30人がインストラクターの指示に耳を傾ける。「野菜の名前を言ったら、左手に持った布を上下に動かして。動物なら三角に」。同時に右手でお手玉をしながら、今度は足踏みも織り交ぜていく。多くの人が慣れない動きに戸惑いながらも、終始笑い声を響かせた。

同センターは17年から18年、1年間週1回のペースで受講した60~80代の男女を対象に効果を調査。記憶力や判断力を試すテストで数値の改善がみられた。2年前から受講する飲食業の女性(66)は「スポーツ感覚で楽しく続けられる。『何しにこの部屋に来たんだっけ』という物忘れが無くなった」とにっこり。主婦の女性(70)は「視野が広がり、車の運転中の感覚が変わった。歩行者の表情まで意識する余裕が出た」と実感している。

厚生労働省の12年の推計によると、認知症の前段階であるMCI(軽度認知障害)の人は約400万人に上る。加齢による脳の萎縮を抑えようと、国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)が10年に開発したのが「コグニサイズ」だ。グループで動きながら計算やしりとりなど頭の体操を同時に行う内容で、デイケア施設や病院など全国に広がり、近年はシンガポールでも実施されているという。

コグニション(認知)とエクササイズを組み合わせた造語で、MCIの高齢者を対象にした検証では認知機能の向上がみられた。同センターの島田裕之・老年学・社会科学研究センター長は「間違えば盛り上がる。コミュニケーションも認知症予防の大切な要素」と話す。こうしたプログラムを導入するスポーツジムも増え、実践の場が広がっている。

◇  ◇  ◇

■運動10分でも記憶力向上 筑波大の研究グループ

近年の研究で、運動が脳に良い影響を与えることが分かってきた。わずか10分の軽い運動で記憶をつかさどる脳の海馬が刺激され、記憶力は向上する――。筑波大の征矢英昭教授(運動生化学)の研究グループは2018年、米科学アカデミー紀要でこんな論文を発表した。

大学生に10分間自転車をこぐ軽い運動をしてもらい、多くの画像を見せ、一度見た物とのわずかな違いに気づけるかテストした。運動しなかったときと脳内を比較すると、海馬の「歯状回」の活動が活発になり正答率が高まったことを突き止めた。征矢教授は「ヨガなど手軽な運動でも海馬を活性化させられる裏付けになった」と話している。

(佐藤淳一郎)

[日本経済新聞夕刊2019年5月8日付]

ヘルスUP 新着記事

ALL CHANNEL