映画『幸福なラザロ』 聖なる愚者の受難
イタリア映画の精髄みなぎる傑作である。かつてフェリーニの映画に心を震わせた人にぜひこれを見てほしい。イタリアという土地の奇跡を目の当たりにして感嘆することだろう。
舞台はイタリア中部の山間の村。侯爵夫人は、奴隷的小作制の終ったことを村人たちに隠し、搾取を続けている(この設定は実話)。その村人たちの下で、愚鈍なまでに純真な青年ラザロは、ただ働きをしていた。
ラザロは、侯爵夫人に反抗して村に逃げてきた息子のタンクレディと兄弟の誓いを交わす。原因不明の熱病に冒されながら、ラザロはタンクレディに食べ物を届けようとして、足を滑らせ、谷底に落ちてしまう。
十数年が経過する。野生の狼(おおかみ)に促され、ラザロは、聖書のラザロのように復活する。昔の姿のまま、歩いて北に向かい、その大都市郊外で、同じ村の住人たちに再会する。彼らは集団で詐欺を働いていた……。
イタリアの山間の村は、いまだ封建制が残る荒涼たる自然のなかにある。だが、その自然の何と魅力的なことか。そこには酷薄な自然への人間の畏怖と、自然のもたらす慰撫(いぶ)が、ぎりぎりの均衡で存在している。そんな奇跡的な情景を描きだすアリーチェ・ロルヴァケルは37歳の女性監督だ。
後半でラザロと仲間たちが乗るボロ車は、フェリーニの『道』でジェルソミーナとザンパノが乗るオート三輪を連想させる。本作も『道』も、聖なる愚者の受難の物語なのである。
休息の場を求めるラザロと仲間たちを教会の修道女たちが拒否する。すると、オルガンの音楽が教会を見捨ててラザロたちを追いかける。そんな挿話にカトリック信仰の純粋さが感じられてはっとさせられる。
身を賭して兄弟のタンクレディを救おうとするラザロ。そして、再び最後に現れる狼。寓話(ぐうわ)の単純さと豊かさが見事に結実している。2時間7分。
★★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2019年4月19日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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