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私の課長時代

アジア進出、愚直に種まき 難関の中国攻略 イオンファンタジー社長 藤原信幸氏(下)

2019/4/9付 日本経済新聞 朝刊

マック方式で褒めてやらせてみた(中国人スタッフとの写真、藤原氏は前列中央)

■アジアでアミューズメント事業に取り組むため、猛勉強した。

キッズレストランの計画は凍結となりましたが、会社に残ることにしました。2005年末に社長から「次は海外を任せた」と課題を出されました。当時、マレーシアにフランチャイズ(FC)店舗を3店運営していましたが、現地は出生率が高く経済成長も期待できる。ショッピングセンターの大型化が進み、遊戯施設のニーズも加速すると予想したのです。

飲食事業しか知らないため、アミューズメント事業について急いで勉強を始めました。同僚を夜な夜な会社近くの吉野家に誘い、牛丼をごちそうする代わりにノウハウを教えてもらう日々でした。

06年元旦に開業した4店舗目がマレーシアで初めて関わった店でした。輸出関税が高いため、中古品を日本で手直しして送りましたが、納品遅れや電圧の違いで動かないなどトラブルの連続。実際に現場に出向いて解決しないといけませんでした。並行して中国事業の立ち上げも進めました。

■予想以上に厳しかった中国進出。

イオングループが中国事業を本格化させており、香港と中国本土の市場調査に取り組みました。当初は合弁会社による運営を計画していたのですが、合弁相手と組むことで運営方針が合わない可能性もありました。中国に先に進出したライバル企業はすでに撤退するなど事業環境は予想以上に厳しいものでした。

「やれない理由を考えるのでなく、どうすれば成功できるか」。この考えが頭の中を支配していました。ある時、中国語で「遊楽」と呼ばれるプレイグランドなどで構成する施設であれば、単独で出資ができることがわかりました。さらに中国で政府機関と交渉するには人脈がモノをいいます。イオングループが助けてくれましたね。

■現地の消費者に合った値決めの大切さを学んだ。

北京五輪開催の08年、北京に初出店しました。1年目の売上高は計画比6割にとどまり、現地法人の社長には「単価が高い」と指摘されました。当時、メダル1枚を2元に設定しましたが、競合他社の2倍の価格でした。日本企業の遊具商品のため、多少高くてもという考えでしたが、現地の消費者はシビアでした。

1枚の価格を1.5元に下げると、売り上げは前年比50%以上増えました。新規出店にも勢いがつきました。15年に黒字化を達成。17年には中国で200店舗、売上高は100億円弱まで伸ばせたのです。

あのころ
尖閣諸島を巡り、日中関係に緊張が高まった。日本政府が尖閣諸島を国有化すると両国の関係が一段と悪化。中国の各都市で抗議デモが発生し、小売業を中心に日系企業のビジネスに悪影響が出た。

[日本経済新聞朝刊 2019年4月9日付]

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