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活字の海で

投機の害毒どう抑えるか 色あせないケインズの処方箋

2019/3/30付 日本経済新聞 朝刊

マネーゲームはしばしば大きな混乱につながる。写真はイメージ=PIXTA

東日本大震災から8年あまり。震災が日本にもたらした傷の深さを反映するかのように、出版界にも影響を及ぼし続けている。

現代書館の「いま読む!名著」シリーズは大震災を機に生まれた著作集だ。編集担当の中西豪士氏は「震災後、従来通りに行動しても何だかうまくいかないという感覚にとらわれ、新しい世界観が必要だと考えるようになった」と当時を振り返る。創造への欲求が増す中でたどり着いたのが、ハンナ・アレント、ケインズ、アダム・スミスらが残した著作。先人の思想に通じた専門家に、現代の視点から名著を改めて解読するよう依頼し、震災後の新しい生き方を探り出そうとしてきた。

シリーズ14冊目の最新刊、沖公祐著『「富」なき時代の資本主義』(19年1月)では、マルクスの『資本論』を読み直している。マルクス生誕200年だった昨年来、マルクス関連の新刊が増えているが、「今日『資本論』を読む意味はどこにあるのだろうか」と問いかけつつ、論理を積み上げる点に本書の特徴がある。資本主義では社会の富が「巨大な商品の集まり」として現れると表現したマルクスの認識を出発点に、「現代資本主義が抱えているもっとも深刻な問題は富の格差ではなく、富を資本主義的な方法で生産することが困難になったこと」と指摘する。

ハンナ・アレントの『人間の条件』を取り上げた小玉重夫著『難民と市民の間で』(13年10月)では、アレントが示した「忘却の穴」という概念を手がかりに、現代日本の貧困や格差問題に迫る。伊藤宣広著『投機は経済を安定させるのか?』(16年8月)はケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』が対象で、投機の行き過ぎは企業や家計の支出を抑制し、総需要の低迷につながるとするケインズの主張を紹介する。著者によると、ケインズの結論は「マネーゲームが社会的混乱をもたらさないように、その害悪をできるだけ抑えられる制度設計を考えるべきだ」。

名著や古典の中にすべての答えが詰まっているわけではない。沖氏は「『資本論』は無(む)謬(びゅう)ではないし、未来のすべてを見通した予言の書でもない。『資本論』から読み取るべきは最終的な答えではなく、開かれたままに残された膨大な問いである」とあとがきに記している。

(編集委員 前田裕之)

[日本経済新聞2019年3月30日付]

「富」なき時代の資本主義: マルクス『資本論』を読み直す (いま読む!名著)

著者 : 沖 公祐
出版 : 現代書館
価格 : 2,376円 (税込み)

難民と市民の間で―ハンナ・アレント『人間の条件』を読み直す (いま読む!名著)

著者 : 小玉 重夫
出版 : 現代書館
価格 : 2,376円 (税込み)

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