「100日で勝負」の事業部長 悩んだ末に開き直る日東電工社長 高崎秀雄氏(下)

長野営業所長時代。企業や農家へ、営業に駆け回った
長野営業所長時代。企業や農家へ、営業に駆け回った

2000年、エンジニアリングプラスチック事業部長として関東事業所に赴任した。

自社製品をひたすら売り込んだ営業所時代とは異なり、営業のほか、技術や製造、総務や経理など全て担当しました。小さな会社を任せられたようなものです。当時の上司に「最初の100日が勝負だよ」と言われました。3カ月間は恥を忍んで人に聞けるけれども、4カ月目からは相手にされなくなるという意味です。私は必死でした。

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経営判断に迷うことも多かった。

営業しか知らない自分が技術製造や品質保証などの判子を押さないといけない。正直、そのまま判を押していました。100日間で全て習得しないといけないという焦りからある夜、寝室の天井にいつもと同じシミを見いだしました。シミを見ながら「会議で出た投資案件についてOKと言ったけれど、正しかっただろうか」と考え出すと、朝まで眠れませんでした。

失敗を繰り返しながら、練習問題をたくさん解いているようでした。徐々に「上にも(判断してくれる)役員がいるから」と、開き直れました。ある程度自分のやり方を見つけ、自信がついてきました。

当時の社長に経営とは何かを問われた。

配属から約半年後、当時の山本英樹社長が関東事業所を訪れました。熊谷駅に向かう新幹線に東京駅から一緒に乗りこむと、隣に座れと言われました。熊谷駅まではわずか40分でしたが「高崎さんよ、経営って何か分かってきたかね」と聞かれ、困惑しました。

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