映画『半世界』 中年の葛藤、日常の白兵戦
40歳手前は微妙な年齢だ。社会経験を積み、世界はこんなもんだと悟りつつある。でも、まだ人生の先は長い。これでいいのかという焦りもある。阪本順治監督の新作は、中学の同級生だった3人の男の再会のドラマを通して、中年世代の葛藤を繊細に描き出す。
山が海に迫る町。紘(稲垣吾郎)は父から継いだ窯で備長炭を焼き、生計を立てている。そこに海外に派遣されていた元自衛隊員の瑛介(長谷川博己)が戻ってくる。妻子と別れたという瑛介は無愛想で、ボロ家に引きこもってしまう。
心配した紘は半ば強引に炭焼きの仕事を手伝わせる。同級生で中古車販売店を営む光彦(渋川清彦)と共に酒を酌み交わす。瑛介のかたくなな心は少しずつほぐれていくが、その闇はなお深い。紛争地で何があったのか? 瑛介は紘に「お前は世間しか知らない。世界を知らない」と告げる。
一方、亡父への対抗意識から備長炭のビジネスに心血を注ぐ紘にも、かたくなな面がある。瑛介の心にずかずかと踏み込む。息子の明が中学でイジメにあっているのにもまるで気づかない。その鈍感さに妻の初乃(池脇千鶴)はいらだつ。
旧友が故郷で再会するのだから、ほっこりと心温まる話かと思いきや、序盤からピリピリとした空気が画面を支配している。3人の関係も、紘と妻子の関係も一触即発だ。緊張関係は中年世代の頑固さと焦りに根ざしている。阪本監督はそんな中年の矛盾した心情を繊細にとらえ、すれ違いと断絶を冷徹に描き出す。
瑛介が明に格闘術を教え、初乃が行動を起こす後半は、ほのかな希望が垣間見えるが、さらに大きな悲しみも仕掛けられている。
「お前は世界を知らない」と紘を蔑んだ瑛介が、故郷でもう一つの「世界」を発見する物語だ。いわば日常生活の白兵戦。それを描き出した阪本の演出力に感服した。2時間。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2019年2月15日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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