映画『バーニング 劇場版』 戦争の影、死の匂い
村上春樹の短編「納屋を焼く」を、『ペパーミント・キャンディ』で忘れがたい衝撃をあたえたイ・チャンドン監督が映画化。全編に異様な緊張感のみなぎるミステリーに仕立てあげた。
主人公のジョンス(ユ・アイン)は運送会社でアルバイトをしながら、小説家をめざしている。あるとき、デパートで広告モデルをしている娘ヘミと知りあいになり、関係をもつ。
ヘミはアフリカ旅行に行くので、留守のあいだ飼い猫の面倒を見てくれといい置いて出発するが、猫はいっこうに現れない。
半月後、帰国したヘミは、美青年のベン(スティーブン・ユァン)と一緒だった。北朝鮮との国境近くで畜産業を営むジョンスの家とは違い、ベンは大金持ちで、ソウルの自宅ビルでお洒落(しゃれ)な暮らしをしている。
ジョンスとベンはヘミを間に挟んで、三角関係ともいえるような奇妙な友情を育むようになる。ベンは大麻をやりながら、自分の趣味は古いビニールハウスに放火することで、そろそろまた燃やす頃だ、と語る。そんなおり、ヘミが蒸発同然に消えてしまう。だが、ベンはそんなことを気にかける様子もない……。
村上春樹の短編には犯罪の影はない。1980年代バブルの時代の日本の頽廃(たいはい)と倦怠(けんたい)が色濃くよどんでいる。一方、本作は、北朝鮮との国境から否応(いやおう)なく戦争の影が差し、世界は悪い未来に向かうという空気にみちている。そこから、ヘミの失踪には明らかな犯罪と死の匂いがまとわりつく。
世界には同時に異なるものが存在するというのは、「騎士団長殺し」にも見られる村上文学の根本的なテーマだが、イ監督はその問題を原作者よりもはっきりと打ちだしている。原作にはない衝撃のラストは、その主題の表れだろう。
後半に向けてサスペンスがどんどん高まるが、謎解きをするのはあなただ。2時間28分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2019年2月1日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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