映画『500年の航海』 輪廻転生が結ぶ2つの物語
『虹のアルバム』などの個人映画で知られるフィリピンのキドラット・タヒミック監督。その彼が1980年頃から断続的に製作して完成させた途轍(とてつ)もない映画だ。マゼランの世界周航とフィリピンに関する物語だが、タヒミック・ワールドといえる混沌とした世界が描き出される。
物語の展開は一筋縄ではいかない。16世紀初めのマゼランとフィリピン人の奴隷エンリケ(キドラット・タヒミック)の物語がある。マゼランはエンリケをヨーロッパに連れ帰り、やがて世界周航に出るが、フィリピンの島で死んだため、エンリケは自由の身となり故郷の村に帰る。
この過去の物語に現在の物語が交わる。海岸で木彫り職人の老人(タヒミックの二役)を助けた画家(タヒミックの息子のカワヤン・デ・ギア)が写真やフィルムを現像すると、老人が写っている。不思議に思った画家は老人の姿を求めてフィリピン中を探し歩く。
2つの物語を結ぶのは輪廻(りんね)転生。例えば木彫り職人の老人は、過去の物語のエンリケに似ているにもかかわらず、画家にフェルディナンド・マゼランと名のり、画家は老人にエンリケという名だと告げる。500年の歳月を超えて過去と現在の物語が重なり合う。
その一方、現在の物語の後半にはガレオン船に似た大きな船が登場するが、その船の模型を映画のために製造するタヒミック監督自身の映像も交じる。それだけではない。およそ35年に及ぶ製作の歳月は、監督本人の個人史でもあり、例えば妻子が出演しているように家族史でもある。
過去と現在、虚構と現実、個人と社会などが交錯し絡み合いながら展開する映像世界。そんな監督独特の映像のカオスに魅了される。劇映画の約束事を超えて映像表現の可能性を追求するタヒミック監督の真髄を伝える映画の宇宙である。2時間41分。
★★★★
(映画評論家 村山匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2019年1月18日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。