映画『未来を乗り換えた男』 過去・現在・未来が混沌

不思議な映画である。近未来を描いたSF映画なのか、それとも過去の時代を描いた映画なのか。それにしてはパリやマルセイユの街の風景や人々の様子が何とも現代的であることか。そのいずれもがミックスしたような奇妙な雰囲気を漂わせた映画である。

東京・有楽町のヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開(C)Schramm Film

映画は現代のパリから始まる。ファシズム体制下の祖国から逃れたゲオルク(フランツ・ロゴフスキ)は友人から亡命作家への手紙を託されるが、作家は自殺していた。ドイツ軍の侵攻が始まり、彼は作家の遺品と共に列車でマルセイユに脱出する。

作家の遺品にあったのはメキシコ領事館の招待状と妻の手紙。ゲオルクが領事館に遺品を届けると、領事は彼を作家本人と思い込んでヴィザを渡す。ゲオルクは作家になりすますが、作家の妻マリー(パウラ・ベーア)と知り合い、次第に彼女に心を奪われる。

原作は、ドイツの作家アンナ・ゼーガースが第2次大戦下に亡命先のマルセイユで執筆した小説。彼女はG・ルカーチとのリアリズム論争などで知られるが、小説は彼女の亡命体験に基づいており、そこから物語の既視感が鮮やかに立ち上ってくる。

そんな過去の体験に基づく物語を、映画は現在の世界を舞台として描き出すことで、今日の難民の姿や将来起こりうる抑圧の恐怖の予感を生み出している。この過去と現在、また近未来の混じり合った奇妙な世界は、観客がどこに惹(ひ)かれるかで、その位相に変化をもたらすようで面白い。

後半は、ゲオルクとマリーの心の駆け引きが中心。彼は偽りの作家、彼女は夫の作家を置き去りにしたという罪悪感を抱え、ドイツ軍の侵攻の中、サスペンスフルなメロドラマとして物語を膨らませる。

監督は『東ベルリンから来た女』などのクリスティアン・ペッツォルト。1時間42分。

★★★★

(映画評論家 村山匡一郎)

[日本経済新聞夕刊2019年1月11日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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