映画『葡萄畑に帰ろう』 ユーモアに富む風刺精神
ジョージア(グルジア)映画界の最長老で今年85歳になるエルダル・シェンゲラヤ監督の久々の新作だ。35年前の『青い山――本当らしくない本当の話』で旧ソ連の官僚体制を痛烈に批判したことで知られるが、今回も現代社会の歪(ゆが)みを、ユーモアに富んだ旺盛な風刺精神で描き出している。
政治家のギオルギ(ニカ・タヴァゼ)は、妻を早く亡くして息子と義理の姉と暮らしているが、「国内避難民追い出し省」の大臣として厳しい対策をとるように首相から命じられている。そんな彼が難民地区の現場に視察に行った時、ドナラ(ケティ・アサティアニ)という難民女性に一目惚(ぼ)れしてしまう。
ところが、選挙で与党が大敗したため、ギオルギは大臣を失職するが、ドナラと結婚式を挙げて楽しげな日々を送る。しかし今度は住居を不法取引で手に入れたと密告されて家を追い出されるハメに。裁判で負けたギオルギは久々に故郷の母親を訪ねると、母親は彼に「家はここにある」と優しく告げる……。
ジョージアがソ連から独立した後、シェンゲラヤ監督は長く政治活動に携わっていた。そんな監督の政治体験を背景に、例えば主人公がもう1人の自分と対話するなど、幻想や非現実的な出来事を織り交ぜながら諧謔(かいぎゃく)的でユーモアあふれる遊び心をふんだんに取り入れた世界に仕立て上げていて思わず引き込まれる。
象徴的なのは、英語題名になっているように、大臣室用に主人公が注文した椅子である。椅子は権力の象徴として擬人化され、主人公を座らせて空高く舞い上がるなど全篇(ぺん)に登場する。ラストで主人公は椅子を崖から落として破壊するが、主人公の姿が見えなくなると、椅子が生き物のように元通りの姿に戻るのは暗示的である。
ジョージア映画の真髄(しんずい)を見るような楽しい世界だ。1時間39分。
★★★★
(映画評論家 村山匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2018年12月14日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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