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人間の極限状態、写真で共有 志賀理江子が撮る非日常

2018/11/5付 日本経済新聞 夕刊

来年3月に開催する個展のための新作。志賀理江子「ヒューマン・スプリング」シリーズより

写真家の志賀理江子が来春に都内で開く個展に向け、新作を制作中だ。「人間の春」を意味する「ヒューマン・スプリング」と題した本展で、極限状態にある人間を見つめようとしている。

月明かりだけが頼りの暗がりの中、遠くでカメラの照明が光る。9月上旬の宮城県の山中に志賀の大声が響いた。「はいっ、そう、こっち向いて!」

目をこらすと上半身が裸の男性たちが、全力疾走をくり返している。道の真ん中で待ち構えている志賀に向かって走り、彼女を通り過ぎた瞬間にカメラの方を振り返りながら、まだ走り続ける。志賀も向きを変えてシャッターを押しながら男性陣を追いかけていく。

同じような撮影を十数回くり返した後、今度はその男性たちが建設機械で掘られた巨大な穴の中に集められた。中心にはあおむけに寝転んでカメラを構える志賀。見下ろす男性たちは、志賀の指示で上下左右に体を揺らして写真に納まる。

来年3月、東京都写真美術館(東京・目黒)で開く個展に向けた撮影だ。「裸で全力で走るという行為は、日常にはない祭り的な状況。過去でも現在でも未来でもない、日常とは異なる空間をカメラの前に立ち上がらせたかった」と志賀は語る。

2008年に木村伊兵衛賞を受賞し、12年に仙台市で「螺旋海岸」、17年に香川県丸亀市で「ブラインドデート」と題する個展を開き、実績を積み重ねてきた。

■東北で被災経験

今回、テーマに据えたのは人間の春だ。08年に宮城県に移り住んだ志賀は、東北で長い冬の果てに、ある日突然来るように感じる春に強い衝撃を受けた。心よりも先に、身体が反応せざるを得ないほどに、意味深いものだと思った。

「ヒューマン・スプリング」シリーズを撮影する志賀理江子(右)(宮城県富谷市)

一方で春になると気持ちが高ぶり、躁(そう)状態になる人がいるのが不思議だった。「そういう人には私には見えないものが見えていると思った」(志賀)。エネルギーが爆発するような東北の春、そして躁状態の人間。志賀の中で何かが重なってみえた。

やがて東日本大震災を経験。震災後の東北では、津波を逃れたにもかかわらず自殺する人がいた。一体、どういう種類の絶望だったのか。調べると日本では鬱病で自殺する若者が多いと知る。志賀は躁と鬱の双方に関心を持ち、書物を読み、関係者の話を聞いて回るようになった。その中で「躁の人は永遠の現在を生きている」という言葉に出合い、写真というメディアと同じだと共感を深めた。

「人間は昨日と同じ今日、今日と同じ明日がずっと続くと信じている。でも実際にはそうじゃない。死を通じて日常の中に裂け目が生じる。バランスが崩れたところ。躁の人はその裂け目から来たように見えた」。それは日常とはかけ離れた極限の状態だ。そうした中で人間は何を感じるのか。新作では様々な状況で、人間の極限を追い求めた。

8月上旬には写真美術館でワイシャツ姿の会社員やつえを持った高齢者など約200人を集めて、撮影した。狭い部屋の床に重なりあうように横たわった人々を写した。あるいは、アトリエの中に切られた木を丸ごと持ち込んで撮った作品、赤い光で夜も照らされるシソの栽培風景など、幅広い。

■立方体で見せる

個展には約80点を出展する予定だが、展示にも工夫を凝らす。壁には一切写真を置かず、大きな立方体の4面で写真を見せる計画だ。「写真でできた大きな箱が会場に置かれているイメージ。鑑賞者は立方体の間を歩いて、その人なりの見方で写真を見てもらう」

そうして立ち上がった展示空間で、志賀は見る人と人間の極限について共有できるのではないか、と語る。その上で「日常やバランスが崩れた状態について写真を通じて一緒に考えたい」と話している。

(岩本文枝、村上由樹)

[日本経済新聞夕刊2018年11月5日付]

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