映画『華氏119』 民主主義の危機えぐる
「華氏911」でブッシュ元大統領をこき下ろしたマイケル・ムーアが、中間選挙を目前に控えたトランプ大統領に立ち向かうドキュメンタリー。119とは2年前の大統領選でトランプが勝利宣言をした11月9日のこと。差別的で独裁的な指導者を指弾する反トランプ映画であることは確かだが、ムーアの主たる関心はそんな大統領を誕生させた米国の民主主義の危機をえぐりだすことにある。
まず俎上(そじょう)にあげるのはオバマ前大統領とクリントン夫妻。彼らが既得権をもつエリート層に譲歩や妥協を繰り返し、本来の支持基盤である労働者層から離れてしまったと主張する。中道路線を支持したメディアも断罪。バーニー・サンダースの台頭を阻んだ民主党上層部を痛烈に批判する。
さび付いた工業地帯に生まれ、父も祖父も自動車組立工だったムーアは、多くの白人労働者がトランプを支持したのを肌で感じている。既存体制を批判した唯一の候補がトランプだったからだ。その上で1960~70年代のリベラルな価値観を信奉するベビーブーマーのムーアは、見捨てられた米国社会の現場を歩く。
故郷のミシガン州フリントでは、実業界出身の強権的な知事が進めた民営化のために、水道水が汚染された。ムーアは健康被害のデータ改ざんを告発。オバマ前大統領がフリントの水を飲むパフォーマンスに、失望する市民の表情に迫る。
ウェストバージニア州では教職員ストに寄り添い、フロリダ州では高校生たちの銃規制の訴えを追う。「うんざりして、あきらめた時代に独裁者が現れる」とムーアは語り、トランプとヒトラーの映像を重ねる。そして行動を呼びかける。
扇情的な音楽を含め、プロパガンダ映画の形式を借りている。テレビとネットでのし上がったポピュリスト・トランプと真っ向勝負するムーアの決意の表れか。2時間8分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2018年11月2日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。