しょうゆからつゆ・たれへ 本格参入で取引先が競合にキッコーマン社長 堀切功章氏(下)

つゆ・たれを軌道に乗せる難題に挑んだ(1996年3月)=村田和聡撮影
つゆ・たれを軌道に乗せる難題に挑んだ(1996年3月)=村田和聡撮影

社長に就任した茂木友三郎氏(現・名誉会長)の方針で、「つゆ・たれ」商品のプロダクト・マネジャー(PM)に就任する。

1995年のことです。縦割りだった事業部制から、組織横断で商品ごとの損益まで責任を持つPM制へと大きく移行しました。これまでの事業本部長は役員クラスですが、PMは課長クラス。選ばれた7人は30歳代後半から40歳代と若く、「7人の侍」と称されたこともあります。

私が担当したのが「つゆ・たれ」です。キッコーマンはつゆ・たれメーカーに原料としてしょうゆを供給していました。ただ調味料に簡便さが求められるようになり、自社ブランドのつゆ・たれに参入しなければ将来がないとの危機意識がありました。しかし、取引先が競争相手になるため、社内でも営業担当者などからの反発はありました。

95年、満を持して「本つゆ」を市場投入する。

商品開発は終えており、市場投入して育てるのが私の使命でした。当初の売れ行きは芳しくありませんでした。店頭の体験販売で消費者の声を聞くと、「塩味が強い」と言われます。調べてみると塩分が多いのではなく、うま味が足りないことがわかりました。ダシがきちんととれておらず、ダシのとれ具合を評価できる人もいませんでした。

早く改善しなければ、ブランドが損なわれてしまいます。時間との戦いです。毎週のように社長に報告を続けました。社運をかけたプロジェクトですから「できませんでした」というわけにはいきません。一つ一つ原因を解明し、現場も巻き込みながら改善を続けました。とにかく皆を前に向かせることが大変でした。

今こそ始める学び特集
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら
注目記事
次のページ
「つゆ」が軌道にのると、休む間もなく「たれ」の開発
今こそ始める学び特集
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら