キトキトでコリコリ、うまみ広がる 富山湾のバイ貝
沿岸から急激に水深が深くなり、漁場と漁港が近いことから「天然のいけす」と言われる富山湾。ブリ、シロエビ、ホタルイカ……。水揚げされる多彩な魚介類の中で忘れてならないのがバイ貝だ。
バイとは貝の意味。地元ではバイとだけ呼ばれる貝は1年中出回るだけに、富山の食卓ではおなじみの食材だ。バイと倍をかけて、正月や結婚式などの祝いの席で縁起物として出されることも多い。
酒の席で突き出しとして登場することが多いのが煮付けだ。5センチほどの小ぶりのバイを使い、下ゆでをしてから、しょうゆベースの甘辛いタレでじっくりと煮込む。
殻付きで供されたバイの身を奥にある肝まできれいに取り出すコツは、ようじで身を固定してねじを外すように殻を回すことだ。悪戦苦闘する県外の人に、富山県人が極意を伝授する姿は富山の酒場でよく見かける光景だ。
15センチほどの大きな種類のバイは刺し身でいただく。殻の一部を割って身を取り出し、毒素のある部分を除くなど念入りな下処理をしてから包丁を入れる。
富山市の繁華街、桜木町に店を構える魚処やつはしの刺し身には、身だけではなく肝も付く。先代から受け継いだという提供の仕方を店主の松井覚さん(43)は「鮮度がいいという証明」と説明する。
コリコリとした食感を楽しんでいるうちに、口の中にほのかな甘みとうまみが広がる。肝は苦みを味わう。富山弁でいうキトキト(新鮮)な食材は歯応えも違う。捕れたてを調理できる富山ならではの味だろう。
この海の幸が寿司のネタにならない訳がない。同じく桜木町のすし店、すし健の吉田健作さん(71)は「新鮮なバイを握るとシャリの上に乗らないくらい身が反り返る」と言う。塩もみで身を締め、包丁の入れ方にも気を使う手間が独特の食感を生む。「バイは富山名物のひとつ。貝好きのお客さんには必ず勧めている」という自慢の品だ。
バイ貝の漁獲量が多い魚津漁業協同組合は、もともとは漁師のまかないだった炊き込みご飯「魚津バイ飯」のブランド化に力を入れる。
漁協近くの海の駅・蜃気楼(しんきろう)内にある食堂、幻魚房(げんげんぼう)では、1日約15食限定でバイ飯定食を提供する。富山県産米をバイ貝をしょうゆと酒で煮付けた煮汁で炊いたバイ飯はほのかに磯の香りが漂う。
魚津バイ飯は5月に特許庁の地域団体商標に登録された。蜃気楼と並ぶ魚津の名物に――。なじみの食材を使った新たな挑戦も動き出した。
バイ貝は日本や朝鮮半島、中国に分布する巻き貝。富山湾で水揚げされるバイ貝は主に、ツバイ、エッチュウバイ、カガバイ、エゾボラモドキの4種類だ。水深200~1000メートルの海底に生息しており、魚の切り身などの餌をつけて沈めたかごを一晩おいて引き揚げる「かご縄漁」で捕獲している。
魚津漁協の漁獲量は年間約70トン。減少傾向だが、その理由は漁船の燃料代の高騰で遠くまで漁に行かなくなったため。一方、かごの網目を大きくして小さな貝は逃がすなどの保護活動にも取り組んでいる。
(富山支局長 伊藤新時)
[日本経済新聞夕刊2018年8月16日付]
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