マウスガードでスポーツのケガ予防 脳振とう軽減も
サッカーやラグビー、格闘技など他の選手との接触が多い競技の試合や練習で、誤って歯を折ってしまったり顎の骨を負傷したりする事故が多い。こうした口回りの負傷を予防する効果が大きいのが口内に装着するマウスガードだ。歯科医院などで自分の口の形に合わせて作ることができ、アマチュアスポーツでも使う人が増えているという。
東京都内に住む50代の会社員のAさん。2017年、趣味の空手のスパーリング練習中に相手の蹴りが右顎に当たり、2カ所を骨折するケガをした。骨折によってずれてしまった上下の歯のかみ合わせを治し、折れた場所を金属プレートで固定する手術をして、1週間あまり入院した。
数カ月後、Aさんは練習を再開したが、またケガをしないかと不安になる。練習仲間のアドバイスでマウスガードをあつらえることにした。歯科医院で歯の型を取り、2週間後にマウスガードができあがった。Aさんは練習ではいつも使うことにしている。
マウスガードはマウスピースともいい、ボクシング選手がラウンドの合間に口から出し入れする場面がよく映し出される。ボクシングなどの格闘技ではマウスピース、ラグビーなど他のスポーツではマウスガードと呼ぶことが多いが、同じものを指している。
マウスガードは弾力のある樹脂でできており、上の歯全体を包み込むような形で作られている。上の歯列に装着して、下の歯列とかみ合わせる。下の歯列をカバーする部分はない。
長年マウスガードの開発や普及を進めてきた東京歯科大学教授の武田友孝さんによると、競技中に他の選手の手足が当たったり、転倒して硬い床に顔をぶつけたりすることでケガの頻度が最も多いのが上の前歯だという。歯が折れると大変なのでこの部分を最優先でガードしている。
マウスガードを着けたときに直接覆われるのは上の歯列だけだが、下の歯列やAさんのような顎のケガを防ぐのにも有効だという。「外からの衝撃という危険を体が察知して上下の歯をしっかりかみ締めることでダメージが軽減される。マウスガードを着けているとかみ締めが完了するまでの時間が短く、かつしっかりとかめるため、ケガのリスクは小さくなる」(武田さん)という。
同様の理由で、スポーツ事故でよく問題になる脳振盪(しんとう)についても「マウスガードの予防・軽減の効果が期待されている」(武田さん)という。サッカーやスノーボードなどの頭部への衝撃が加わる可能性が高い競技の多くでマウスガードの使用が義務付けられたり推奨されたりしているのはそのためだ。
マウスガードにはスポーツ用品店やインターネット通販で購入できる市販タイプと、歯科医院などで歯型をとってそれぞれの口内の大きさや形状に合わせて作製するカスタムメードタイプがある。
市販タイプは数百円で買えるものもあり、手軽に使える。その多くは自分で口内の形に合うように調整して使用する。樹脂を熱湯につけて軟らかくした後、口に入れて強くかむことで成形し、冷水で冷やして固める。ネット通販で買えるものの中には、歯列の口内のかたどりをするキットを使い、カスタムメードで作れるとうたっているものも最近ではある。
武田さんによると、自分で成形する市販タイプのマウスガードは、口を開けたときに外れやすい場合があり、着けた状態で発話がしにくいという難点があるという。「マウスガードは微妙な調整が使い心地やケガ予防の効果を左右する。市販タイプよりコストがかかるが、歯科医院などで自分に合ったものを作るのが望ましい」と語る。
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10以上の競技で装着義務化
東京歯科大学などのまとめによると6月現在でボクシング、ホッケー、アメリカンフットボールなど約10種の競技が試合でのマウスガード装着を義務化している。
年齢によって義務化の範囲を定めたり、マウスガードの色を制限したりしている競技団体もある。ラグビーでは中学、高校生が試合でのマウスガード着用が義務付けられ、小学校高学年では推奨となっている。
競技の種類によってマウスガードの形状が異なっていたり、細かい調整が必要となる場合があるため、歯科医院であつらえる場合、用途などを細かく相談した方がいいという。
東京歯科大のグループは安全性を高めた「ハード&スペース型」というマウスガードを開発。軟らかい素材と硬い素材を交互に重ねた3層構造にしたうえで、歯との間に約1ミリメートルの空間を設けた。外からの衝撃が吸収されやすいという。
(編集委員 吉川和輝)
[日本経済新聞夕刊2018年7月25日付]
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