1890年パリ・オペラ座初演 日本が題材のバレエ復活
1890年にパリ・オペラ座で初演された日本が題材の「ル・レーヴ(夢)」を京都バレエ団が27日に上演する。欧州でジャポニスム(日本趣味)が流行していた時期の作品を復活させる試みだ。
6月下旬、京都市左京区にある京都バレエ団の稽古場。着物風の上着を着たダンサーたちがピアノ演奏に合わせて踊っている。クラシックバレエらしい西洋風の曲のなかに交じる東洋的なメロディーは、日本というより中国を思わせる。当時は日本についての知識が不足していたのだろう。
領主が登場する場面では刀を構えた男たちがすり足で移動するなど日本らしい動きも盛り込まれている。振付を担当したのはパリ・オペラ座バレエ団のメートル・ド・バレエ(芸術監督補)であるファブリス・ブルジョワ。当時の舞踊譜などを参考に新たに振り付けたという。
途絶え1世紀以上
「ル・レーヴ」の舞台は、中世日本のキオト(京都)近くの海辺の村タケノ。村娘ダイタはタイコという婚約者がいるにも関わらず、領主サクマに思いを寄せる。女神イザナミがダイタの願いをかなえるべく、夢の世界へいざなう――。
初演は、巨大な開閉式の扇形の舞台装置や着物風の衣装、日本髪のようなヘアスタイルといった異国情緒が話題を呼んだ。翌年と翌々年に再演され、計36回上演されたというから、なかなかの評判だったようだ。
だが、その後上演は途絶え、日本を題材にしたバレエがあったことも忘れられてきた。日本バレエ協会前会長で、バレエ資料のコレクターとしても知られる薄井憲二(故人)が、当時のポスターや版画を手に入れ、「いつか再演したい」と構想を温めてきた。
2015年、京都バレエ団の公演の振り付けのため、ブルジョワが来日した折、京都バレエ専門学校で教授を務めていた薄井が「ル・レーヴ」の復元を要請。ブルジョワは帰国するとオペラ座に残る舞踊譜や楽譜、衣装や舞台装置のデザイン画などの上演資料を探し出し、復元に向けた作業を進めた。
17年12月に亡くなるまで薄井はこの公演のことを気にかけていたという。「先生の追悼のためにも作品を完成させたい」と有馬えり子京都バレエ団代表は言い、団をあげて作品づくりに取り組む。
バレエ作品の舞台は欧州が中心だ。「くるみ割り人形」の「中国の踊り」のように、一部に東洋がモチーフの踊りはあっても、ル・レーヴのように作品全体の舞台が異国というのは珍しい。ル・レーヴが初演された19世紀末はバレエの歴史においてパリを中心に栄えたロマンチックバレエからロシア中心のクラシックバレエへの移行期に当たる。「時代の転換期に目新しいものとして日本趣味が取り入れられたのではないか」と舞踊研究家の関典子神戸大准教授は指摘する。
村娘が領主に恋をするという筋立てや2幕が幻想的なシーンで構成される点はロマンチックバレエの代表作「ジゼル」を思わせる。異なるのは、受け身で男性に裏切られるジゼルに対し、ル・レーヴのダイタは自ら領主に近づく積極性があるところだ。「男性優位だった当時の欧州では異例の物語。日本という異国がモチーフだったからできたのではないか」と関准教授は言う。
当時を尊重し復元
オペラ座の上演記録では建物や衣装のデザインが中国風のものもあったが、「できるだけ当時のフランス人のイメージを尊重して復元した」(有馬代表)という。全体で約2時間の作品から、身ぶりや手ぶりで物語を伝えるマイムを除き、踊りの部分を中心に45分ほどに短縮してロームシアター京都で上演する。
主役のダイタはパリ・オペラ座バレエ団プルミエールのオニール八菜、タイコは同エトワールのカール・パケットが踊る。女神イザナミ役は京都バレエ団の藤川雅子、領主サクマはジョージア国立バレエ団の鷲尾佳凛と日仏のダンサーが共演する。
欧州で生まれ発展したバレエで、日本を題材にした作品が存在したことはあまり知られていない。有馬代表は「ル・レーヴは和洋折衷で日本人らしさを生かせる作品。バレエの本場、パリ・オペラ座に日本が影響を与えたということを多くの人に知ってもらいたい」と話す。
(小国由美子)
[日本経済新聞夕刊2018年7月9日付]
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