携帯やロボット…もの供養で償い 消費社会に罪悪感

人や生き物ではなくモノを弔う「もの供養」。あらゆるものに魂が宿るという信仰心が背景にあるが、実は広まったのは戦後だ。人形からロボット、メガネ、携帯電話まで。日本特有の事情を探った。
4月26日、千葉県いすみ市の光福寺の祭壇にソニーの犬型ロボットAIBO(アイボ)約110台がずらりと並んだ。今年で6回目となるアイボの供養だ。これまで千台以上の修理を手掛けてきた元ソニーの技術者、乗松伸幸さんが社長を務めるA・FUN(習志野市)が主催している。
乗松さんは「修理」ではなく「治療」と言う。「部品としていわば『献体』してくれるオーナーも多い。アイボの魂をオーナーにお返しする儀式」と話す。
もの供養で圧倒的に多いのが人形だ。5月19日、東京都台東区の第六天榊神社で久月が開いた「人形報恩祭」。約300体の人形を前に横山久吉郎社長は「人形は家族の災いを背負ってくれる。感謝を込めたい」とあいさつした。
人形供養は平安の昔からある。しかし大きな行事となってきたのは戦後のこと。久月の供養も7回目だ。それでも毎年1割ずつ供養する人形は増えている。横山久俊専務は「人形を飾らない家庭が増え、役割を終えた人形が多くなっている」と分析する。
こうした供養は記念日に行うことが多い。ハサミの供養は8月3日の「ハサミの日」。メガネの供養は1001の形に似ていることから「メガネの日」である10月1日。目の神様として知られる葛城神社(徳島県鳴門市)には1998年に「めがね塚」が建立、毎年供養している。
供養の文化は日本特有だ。日本ケンタッキー・フライド・チキンは74年から毎年「チキン感謝祭」を開く。東は東伏見稲荷神社(東京都西東京市)、西は住吉大社(大阪市)だ。今年で45回目と古い。「世界中で展開しているが供養をするのは日本だけ」(広報部)という。
なぜこうした供養が広がっているのか。背景の1つが高齢化だ。新潟県最古といわれる古刹、国上寺(燕市)では、3年前から郵送で供養を受けている。山田光哲住職は「遺産整理で出てきたものの供養を依頼されることが増えた」と話す。手紙や手作り品、子供が大切にしていたヘルメットを託す母親もいる。

「みんなのお焚(た)き上げ」という供養代行サービスを昨年から始めたクラウドテン(東京・港)。同社の調査では98.6%の人が「供養したいものがある」と答えた。写真やレコードのほか、携帯電話も増えているという。山盛潤社長は背景に「丁寧に手放す精神だけでなく、ゴミとして捨てた時の罪悪感や『罰が当たりそう』という恐れの気持ちがある」と話す。
「メリーさんの電話」という都市伝説がある。少女が古くなった人形「メリー」を捨てる。その夜「あたしメリー。今ゴミ捨て場にいるの」と電話が。怖くなって切るが「今駅にいるの」「家の前にいるの」と電話の度に近づいてくる。そして最後。「今あなたの後ろにいるの」――。
国上寺の山田光哲住職は「本来仏教には罰当たりやたたりという考え方はない」と言う。宗教的な背景というよりはむしろ、戦後の大量消費社会の中で「ものを大切に」という現代的な教訓が、供養を広げた背景にあるようだ。
「お焚き上げ」という言葉の使い方も、時代とともに変わってきた。
「元カレをお焚き上げ」。ネットの恋愛相談サイトでは「失恋を克服して新しい恋に進むこと」をこう記す。文章を書く行為を自分を客観視するという意味で「お焚き上げの一歩」と表現する人もいる。供養やお焚き上げは「気持ちの整理をして前を向くための行為」(山田住職)だ。現代的ではあるが、案外適切な使い方なのかもしれない。
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共生の意味 問いかける

昆虫採集好きで知られる解剖学者の養老孟司さんが建てた「虫塚」が、神奈川県鎌倉市の建長寺にある。虫かごに見立てた外観は、建築家で新国立競技場の設計者、隈研吾さんのデザインだ。
「現代人はおびただしい数の虫を殺してきた。『命は大切だ』とよく言われるが、毎日何万匹の虫を車や電車で無意識にひき殺している。その加害者であることに自覚的であろうと思い、虫塚をつくった」と養老さんは言う。
日本人の「もの供養」好きは、「ものにも魂が宿る」という考え方に加え、「一緒に生きてきた仲間という意識がある。生き物は共生しないと絶えてしまう」と話す。もの供養は「共生の意味」を問いかけている。
(大久保潤)
[NIKKEIプラス1 2018年7月7日付]
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