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100人に1人、実は身近な統合失調症 注射治療広がる

2018/6/25付 日本経済新聞 朝刊

こころの病である統合失調症の治療法や患者支援の幅が広がっている。治療薬では効果が持続する「注射型」の普及が進む。ゲームをして楽しみながら認知機能の改善を図る米国発のリハビリ法が日本でも広がってきたほか、患者の就労支援まで手助けする事例も増えている。個人の症状などに応じて適切な治療法を選べるようになりつつある。

統合失調症は100~120人に1人がかかる、実は身近な病気だ。過度なストレスなどにより、実際にないものが見えるといった幻覚や人の悪口などの被害妄想に悩まされ、10歳代後半~20歳代の思春期に発症しやすいといわれる。詳しい原因は分かっていない。

■薬飲み忘れなく

治療は薬物療法と精神療法、リハビリなどを組み合わせるのが一般的だが、ここ数年、初期の薬物療法では錠剤から注射剤に置き換わり始めている。国内では大塚製薬の抗精神病薬「エビリファイ」など数種類のLAI(持続性注射剤)が処方されている。

注射型の統合失調症治療薬では、薬との因果関係が不明な複数の死亡例が出て14年に厚生労働省が注意喚起した経緯があるが、現在は各社の注射剤の市販後調査で、経口剤と比べて安全性が変わらないことが確認されている。抗精神病薬のうち注射剤の割合は2009年に2%程度だったが、17年には2割弱に高まっている。

毎日服用する錠剤とは違い、注射剤は病院で1度打つと数週間効果が続くため、飲み忘れを減らせる。エビリファイの場合、4週間に1回肩やおしりの外側に注射する。錠剤と同じ成分だが、注射すると体内に薬剤がとどまり、成分が時間をかけて血中に放出されるので、効果が持続する。

藤田保健衛生大学の岩田仲生教授は「薬物治療を中断すると、統合失調症の再発リスクは5倍近くになる」と指摘する。岩田氏らの研究ではLAIを導入したことで全観察期間に占める入院日数の割合は投与前52週は6.5%だったのに対し0.3%に下がった。

ただ、一度体内に入れると取り出せないため、最初に錠剤で成分の効果を確認してから注射に移行するのが一般的だ。注射型を使っている桜田なつみさん(31)は「人前で錠剤を飲まなくてよいのが助かる」と話す。幻聴に悩まされることもあったが今は落ち着き、統合失調症患者の就労支援員として働いている。

治療では主に初期は薬物治療、症状が落ち着いた後にリハビリに取り組む。国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市)の中込和幸精神保健研究所所長は「認知リハビリテーションをなるべく早く取り入れてほしい」と話す。中込氏は薬剤治療と並行し、子どもの教育用のパソコンゲームを活用した「NEAR(ニア)」と呼ぶ米国生まれのリハビリ法を実施している。

■研修は30ヵ所以上

「患者の自主性が育まれるか」や「難易度の調整が可能か」などの判断基準からゲームの種類を選ぶ。例えばレストランで複数人のオーダーをさばくゲームでは、注意機能や計画性が鍛えられる。なぜそのゲームに取り組むのかといった動機づけのミーティングとあわせて実施することで効果が高まるという。こうしたニアの研修は全国30カ所以上で受けられるという。

地下タンクの検査員をしていた40歳代の男性は、仕事量が増えて症状が悪化。そこでNEARを始めた。「実生活で家にこもってしまうが、ゲームを通して参加することが良い刺激になる」という。「無理なく続けられる仕事で復帰したい」と話す30歳代の女性は看護師時代に忘れやすさが気になっていた。約1時間かけて通い、記憶力中心のゲームに取り組んでいる。

ひだクリニックのように統合失調症の治療後、就労支援まで一貫して手掛けるモデルが増えている(千葉県流山市)

治療法にとどまらず、患者の社会への適応を支援する試みも広がる。精神疾患のリハビリをする医療機関で、国が進めるモデル事業として、就労支援プログラムまで一貫して手掛ける事例も増えている。ひだクリニック(千葉県流山市)は全国に先駆けて取り組んできたクリニックの一つだ。

6月中旬、同クリニック近くの事務所に数人の患者が集った。皆スーツ姿で企業研修のよう。ここでは企業でのストレス対処法や、SOSの適切な出し方などを学ぶ。就労後の定着率を高めるため、「ときに厳しい声を掛けることもある」と就労を支援するMARSの中田健士代表は話す。社会に出て働くときのストレスに慣れてもらう。

同社が運営するレストランなどで実際に働き、最終的に企業への就職までを手助けする。「医師が先まで協力することで定着率アップにつなげられる」と肥田裕久院長は話す。最近ではMARSが企業側の雇用創出もサポートしており、今後も連携の幅が広がりそうだ。

◇  ◇  ◇

■学会が治療ガイド 患者自ら情報収集

厚生労働省の調査では国内の統合失調症などの患者数(妄想性障害などを含む)は2014年に約77万人と、ここ10年あまりは70万人台を推移している。精神疾患という分野の特性上、注射剤などに治療法が広がりつつある一方で、医師が患者に対して治療の選択肢を十分提示できていないという実態がある。

こうした状況を問題視した日本神経精神薬理学会は今年2月に、患者や家族向けの「統合失調症薬物治療ガイド」を新たに作成した。従来は精神科向けのガイドラインしかなかったため、内容が難しく、患者が自ら情報を集めにくかった。

統合失調症の治療法に、患者個人の状況や意思を的確に反映させる試みが増えそうだ。4月に東京大学医学部付属病院に新設された「統合失調症AYA世代センター」は10~30歳代の若年層に特化している。画一的な治療プログラムを提供するのではなく、患者一人ひとりのプログラムをオーダーメードする。

統合失調症をはじめとする精神疾患は非常に繊細だ。個人ごとの治療法を見つけ出し、効果的な治療につなげることが期待される。

(西岡杏)

[日本経済新聞朝刊2018年6月25日付]

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