映画『母という名の女』 心の深淵、複雑な陰り
ミシェル・フランコ監督は、『父の秘密』で、娘へのいじめに父親がおこなう凄惨な復讐(ふくしゅう)を物語り、つづく『或(あ)る終焉(しゅうえん)』では、安楽死幇助(ほうじょ)を依頼された男性看護師の葛藤を題材にした。ともに、ごく普通の人間の生活が、あるきっかけで崩壊の瀬戸際まで転がりこむさまを生々しくスリリングに捉えている。
本作も同傾向の心理サスペンスで、母と娘の屈折した関係を描き、彼女らの心にひそむ深淵を暴く。
メキシコの海辺の別荘にある姉妹が住んでいる。17歳のバレリアは同い年の少年マテオと夫婦同然に暮らし、太って醜い姉のクララは2人が汚すシーツの始末をしている。クララが、離れて暮らす母親のアブリルに、バレリアが妊娠していることを告げ口すると、アブリルは別荘にやって来て、娘が出産するまで、何くれとなく面倒を見る。
アブリルは赤ん坊が生まれたあとも別荘を去らず、その女児カレンを自分の子供のように世話する。しかし、バレリアとマテオとカレンが海岸で仲睦(なかむつ)まじく過ごす様子を見て、カレンを娘夫婦からひき離し、勝手に養子縁組してしまう。
そして、カレンを別の町の女に預け、マテオだけにその秘密をうち明け、カレンのいる町に連れていってやると誘うのだった……。
フランコ監督はルイス・ブニュエルを最も尊敬する監督に挙げている。たしかに人間に対する底意地の悪い視線は共通するが、フランコのそれにはブニュエルのようなユーモアがなく、もっと鋭く、容赦ない。本作冒頭で、姉が妹と恋人の汚したシーツを見る歪(ゆが)んだ表情の描写が、そうした特色を端的に表している。
ラストで、バレリアが赤ん坊を抱きながら見せる微笑(ほほえ)みは、未来の幸福への決意なのか、さらなる悲劇の反復の予兆なのか。一面的な解釈を許さない複雑な陰りが見どころだ。1時間43分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2018年6月15日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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