「太陽の塔」内部を修復・公開 岡本太郎の思い再現

大阪府の万博記念公園にある岡本太郎「太陽の塔」の内部が修復され、48年ぶりに一般公開された。原始生物からの進化を示す「生命の樹」などの作品は、現代に通じる問いを投げかける。

生命の進化の様子を表す「生命の樹」(大阪府吹田市)

赤い内壁に囲まれた塔内で、ダイナミックに枝を広げる「生命の樹」。鋼管製の本体や幹に、古代から生息するウミユリやアメーバ、恐竜、クロマニヨン人など、183体の生物模型が取り付けられている。高さは約41メートル。黛敏郎作曲「生命の賛歌」が響く中、来場者は周囲に設置された階段を使って塔を上がり、樹を鑑賞できる。

1970年の大阪万博のころは、生物模型は292体あった。しかし長い年月のなかで散逸したものや、朽ち果てたものがある。2016年に着工した再生事業で、あえて手を加えず、当時のまま展示したのは頭部が失われたゴリラだけ。オーム貝や恐竜の一種であるプテラノドンなど計29体を修復し、ほかの153体は新たに作り直した。

躍動感アレンジ

「当時のままというより、岡本太郎が伝えたかったことの再現を重視した」と語るのは、岡本太郎記念館館長で空間メディアプロデューサーの平野暁臣氏だ。模型を減らしただけではなく、マンモスの口の開閉をやめるなど、70年当時と異なる部分は多い。

「生命の樹」に取り付けられたマンモス

「48年前の人々は単純な照明や仕掛けで驚いたかもしれないが、現代人の心には響かない」(平野氏)。今回は「太郎が今、生きていたならこうしただろうと考えてアレンジした」という。たとえば恐竜やマンモスはあえて戦った直後のように傷つき、血を流すなどリアルさを追求した。照明も、アメーバやクラゲを内部からゆっくりと照らすように変えるなど、生物の躍動感を演出した。

もう一つ、復元されたのは、塔に入ってすぐに展示されている全長約11メートルのオブジェ「地底の太陽」だ。万博時には塔の前にあった地下展示のコーナーに置かれていたが、後に行方不明になった。暗い地下展示を精細に写した写真は少なく、詳細は分からない。限られた写真だけで立体物を再現するのは難しく、原型制作はウルトラマンのフィギュアなどで有名な海洋堂(大阪府門真市)の木下隆志氏が担うことになった。

復元された「地底の太陽」

木下氏が制作した10分の1サイズの原型を基に、万博で実際に展示を見た美術史家の山下裕二氏らの意見を交えて修正を繰り返した。海洋堂の宮脇修一社長は「必要に応じてデフォルメを加え、本物らしく表現するフィギュアづくりの技術が生きた」と語る。このオブジェの周囲には、当時も展示されていた世界各地の神像や仮面を配置。70年当時の地下展示の様子を伝える写真なども投影した。

「人は頂点でない」

これら内部展示は何を意味するのか。岡本太郎は「日本万国博 建築・造形」(恒文社)という本の中で「《太陽の塔》は根源から噴きあげて未来に向かう生命力の象徴である」と書いている。その内部に立つ生命の樹は生物の進化を凝縮して示すものだが、アメーバなどの単細胞生物を好んだ岡本太郎は古代生物の模型に力を注ぎ、人類は小さく、しかもクロマニヨン人までしか展示しなかった。

「進化の頂点に人類がいるとは決して考えていなかった」と平野氏。むしろ、本質的な生命のあり方を古代生物に求め、産業化や近代化が進む中で人々が人間らしい生き方を取り戻すことを訴えていたという。平野氏は「近代化のひずみを多くの人が感じている今こそ、太陽の塔が発する問いは重く響く」と指摘する。

▼太陽の塔 1970年に大阪府吹田市で開催された日本万国博覧会(大阪万博)のシンボルゾーンに建設されたモニュメント。高さ約70メートル。丹下健三が設計した「テーマ館」の大屋根を突き抜ける形で設置され、塔内のエスカレーターは来場者を屋根にある「空中展示」に運ぶ役割を果たした。閉会後に取り壊される予定だったが、75年に永久保存が決定。ただ、安全上の問題などで内部は原則非公開となった。

(文化部 岩本文枝)

[日本経済新聞夕刊2018年3月26日付]

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