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日本最古PR 熊野サンマずし、お祝いで食す家庭の味

2018/2/22付 日本経済新聞 夕刊

サンマずしは東紀州の代表的な郷土料理。熊野では尾頭付き(三重県熊野市の「かね久」で)

熊野灘をのぞむ三重県南部や和歌山県で古くから庶民の味として親しまれてきたサンマずし。正月などハレの日に欠かせない家庭料理として代々受け継がれてきた。なかでも熊野のサンマずしの歴史は古く、三重県熊野市は「サンマずし発祥の地」をうたう。

1月10日、熊野市の産田(うぶた)神社で安産や子供の健康などを祈願する例大祭が開かれた。同神社はイザナミノミコトが火の神を産んだ場所と伝えられる。骨が丈夫で元気に育つようにと、子供たちが骨の付いたままのサンマずしを食べるのが習わしだ。

1月10日の産田神社の例大祭では、骨付きサンマずしなどの「奉飯」を食べる

「日本書紀」に、産田神社の祭礼で「サンマずし」が振る舞われていたとの記述があることから、同神社は「サンマずし発祥の地」といわれる。それを根拠に「熊野のサンマずしは日本最古」とPRしようと、市内のサンマずし製造・販売業者が2004年に「熊野市さんま寿し保存会」を設立。1月10日を「さんま寿しの日」として宣言した。

夏から秋にかけて北海道から南下してくるサンマは、熊野灘に達する頃には、ほどよく脂が抜けてくる。焼き魚には不向きだが、その分、淡泊で砂糖や酢がなじみ、すしにするには最適だ。保存会の松山治会長(76)は「熊野のサンマずしは尾頭付きなので祝い事には欠かせない。味も家庭ごとに違います」という。

JR熊野市駅前で松山さんが営む食堂、喜楽は家庭の味だったサンマずしを店売りにした元祖。塩をぬいたサンマをユズなどの果汁を合わせた酢に4~5時間漬け、巻きすで形を整える。シャリの酸味が控えめで食べやすい。

サンマのさばき方は地域によって違う。熊野では腹開きを避け、頭をつけたまま背開きにする。「昔、代官所があり、切腹を嫌い腹開きを避けたためではないか」とサンマずしなどを販売する、かね久の沢田茂喜社長(71)は推測する。「香りづけも山側はユズ、海辺はダイダイが多い」

一方、尾鷲市など紀北地域では身を腹から開き、薬味に洋辛子を用い、型で押しずしにする。アタマもとる。「元祖さんま寿司」を看板にかかげる三紀産業の東守哉取締役(60)は「尾鷲は漁師町だから合わせ酢も甘口です」。

熊野灘のサンマ漁は晩秋から春にかけて最盛期だが、黒潮の蛇行の影響で昨季の水揚げはゼロ。今季も全盛期にはほど遠く、いまは三陸沖などからサンマを調達しているのが実情だ。冷凍技術のおかげでサンマずしは年中食べられるようになったが、古くから愛されてきた冬の味覚だからこそ、ぜひ熊野で味わいたい。

<マメ知識>「なれずし」は寿司の原型
熊野地域は長い歴史をもった伝統食が多く伝えられている。熊野川流域では、塩漬けにしたサンマやアユと柔らかく炊いたご飯でつくる発酵すし「なれずし」が正月の食べ物として伝承されてきた。魚とご飯を長期間つけることで乳酸発酵させたもので、現在の寿司(すし)の原型といわれる。
高菜の漬物を使った「めはりずし」は、元は山仕事や野良仕事の弁当として作られていた伝統食だ。熊野市観光公社では、サンマずしと「めはりずし」づくりを体験できるツアーを年間を通じて開催している。

(津支局長 岡本憲明)

[日本経済新聞夕刊2018年2月22日付]

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