『リバーズ・エッジ』 虚構世界に追いつく時代
戦後日本マンガにおいて最高の1冊に数えられるべき岡崎京子の『リバーズ・エッジ』の映画化。ハードルの高い企画だが、監督もスタッフも役者も持てる力を出しきった感がある。濃密な1作である。
舞台は河川敷に近い高校と団地。遠くから火を吐く工場プラントに囲まれ、足元に迫る川の水はもの憂く淀(よど)む。そんな世界に暮らすハルナ(二階堂ふみ)の周囲に小さな事件が起こる。彼氏の観音崎に苛(いじ)められた山田(吉沢亮)を助けたことから、ハルナと山田の間に奇妙な共感が生まれる。ハルナは山田から秘密の宝物を見せてやるといわれ、夜の河川敷に誘われる。じつはこの宝物を共有している人物がもう一人いた。高校の後輩でモデルをしているこずえだった……。
ゲイで売春を行う山田、過食と嘔吐(おうと)をくり返すこずえ、女に興味のない山田に狂気の愛を注ぐカンナ、ハルナに隠れて観音崎と肉体関係を続けるルミ、暴力行為に走る観音崎。それぞれの心理と感情がもつれあって臨界点に達し、カタストロフに向かう。
物語は原作とほとんど変わらない。だが印象はがらりと違う。細く黒い線と虚(うつ)ろな空白で描かれるマンガの世界は抽象的であるのに対し、映画には具体的な色彩と匂いを持つ土地の空気が満ちているからだ。原作においても決定的な重要性を持つ河川敷とその周辺の都市の風景が、原作以上に濃厚な味つけで今の日本を主張している。こういう風景だけで何かを語らせてしまうのが、映画の力なのだ。
若い役者たちの生身の肉体も息づいている。登場する全員が少しずつ壊れていて、それが常態に見える。これが今の日本という時代の表現にほかならない。岡崎京子という天才が造形した20年前の虚構世界に、今の時代が易々と追いついている。そのことがむしろ恐ろしい。行定勲監督。1時間58分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2018年2月16日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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