米合弁見直し、真摯さ貫き友に キリンビバ社長キリンビバレッジ社長 堀口英樹氏(上)

米国ボストンへの留学は勉強漬けの毎日だった(写真はボストン=PIXTA)
米国ボストンへの留学は勉強漬けの毎日だった(写真はボストン=PIXTA)

■キリンビバレッジの堀口英樹社長(55)の転機は入社14年目に訪れた。米国への経営学修士号(MBA)留学の機会を得たのだ。

初任地の大阪から東京へ異動。2、3年すると人事部から話があり、またとないチャンスだと思い、その場で留学を決めました。留学先は米国ボストン。MBAのコースは通常2年ですが、私のコースは密度を濃くして1年で学ぶコースだったので、寝ても覚めても勉強漬けの毎日でした。

帰国後、営業本部企画部に配属され、1999年に管理職になりました。外国ビール「バドワイザー」と「ハイネケン」の担当でした。90年代は日本で一時期、海外のビールがブームになり、キリンも米アンハイザー・ブッシュ社(AB)と合弁会社を作っていました。キリンがライセンス料を支払い、バドワイザーの販売の一部と製造に携わり、マーケティングを相手が担うスキームです。

外国ビールがブームになると安い並行輸入品も出てきた。

ほりぐち・ひでき 1985年(昭60年)慶大商卒、キリンビール入社。小岩井乳業社長などを経て、16年3月より現職。神奈川県出身。

サントリーが国内初の発泡酒「ホップス」を発売したこともあり、価格競争が激化。価格の高い海外ビールは苦戦するようになりました。合弁の出資比率はABが9割、キリンが1割。これを見直すと。私がABとの交渉を任されました。

2000年から新体制で始めるとの指示で交渉の期限は半年後の12月末。主導権を握りたい気持ちはABもキリンも同じで、交渉はまとまらない。どこまで譲り合えるか、時間をかけて話し合いました。

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交渉相手と親友になり、後に思わぬ再会をする。
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