『ロング,ロングバケーション』 老夫婦の終着点への旅
年代物のキャンピングカーに乗って老夫婦のジョン(ドナルド・サザーランド)とエラ(ヘレン・ミレン)が国道1号を南へ走る。米国北東部ボストンの自宅から最南端フロリダのキーウェストまで。そこには大学で文学を教えていたジョンが1度訪ねたかったヘミングウェイの旧宅がある。
長い結婚生活の間に家族を連れて何度も旅した道だが、認知症のジョンは物忘れが激しい。介護するエラも入院の予定があったが、息子と娘に何も告げずに家を飛び出した。ラジオから「ミー・アンド・ボビー・マギー」が流れる。ジャニス・ジョプリンが「自由ってことは、失う物が何もないってことなのよ」と歌う。
ここはどこか、何をしているのか、家族は誰なのか、そんなことも時にわからなくなるジョン。徘徊(はいかい)し、小便をもらし、妻を忘れて発車する。それなのに昔の教え子は覚えていて、ヘミングウェイを暗唱し、ウエートレスに文学論を説く。
そんなジョンをエラは気丈に世話する。交通警官をうまくいなし、強盗を猟銃で撃退する。キャンプ場で毎晩、古い写真をスライドで映写しながら、ジョンと共に2人の半生を振り返る。記憶の薄れたジョンに対し、エラは思い出をかみしめながら、最後の旅の解放感を満喫している。
長い年月を過ごした夫婦にも互いに知らない闇はある。結婚前のエラの恋人にえらく嫉妬するジョン。そしてジョンの思わぬ過去を知り、激怒するエラ……。
人生の終着点に近づいた夫婦の心の機微が、東海岸の晩夏の陽光の中で描かれる。残り少ない生命の果実を味わいつくすような旅。それは甘く、苦い。威厳をもって生きたヘミングウェイの言葉がそこに重なる。
監督は「人間の値打ち」のイタリア人、パオロ・ヴィルズィ。アメリカの光を軽やかにとらえながら、ずしりと重い終幕の余韻が残る。1時間52分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2018年1月19日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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