拠点はイタリア 日本人指揮者、歴史と歌心に引かれる
イタリアに拠点を持つ日本人指揮者が増えている。音楽ではオペラを学ぶ声楽家の留学が多かったイタリア。その「歌心」や歴史の深さに引かれ、日本との交流にも積極的になっている。
昨年11月上旬、ローマにあるバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂に、指揮者の西本智実の姿があった。西本は2013年からバチカン国際音楽祭に毎年参加している。今回は自身が芸術監督を務めるイルミナートフィルハーモニーオーケストラと合唱団が、カトリックの原始的な宗教歌であるグレゴリオ聖歌をもとに長崎の隠れキリシタンが伝承してきたオラショ(祈りの言葉)や、モーツァルトの「戴冠式ミサ」などを演奏した。
日本でも演奏会
バチカンと西本を結びつけたのは、自身の先祖が暮らした長崎・平戸市。親族から数多くのオラショの存在を教えられた。「世界の人々にオラショを知ってもらい、宗教間の対話につなげたい」という西本に、バチカン側も興味を示した。
バチカンでの演奏曲は日本でのコンサートでも紹介する。15年にはイタリアの作曲家レスピーギの「ローマ三部作」全曲演奏会を日本で開催した。今年はベネチアでも同三部作を現地のオーケストラで指揮する予定だ。「これからも日本とイタリアを音楽でつなぐ活動を続ける」と語る。
イタリア北部にある商業都市ボローニャで活動する日本人指揮者もいる。この街の「マンゾーニ劇場」を拠点にするボローニャ歌劇場フィルハーモニーで芸術監督を務める、吉田裕史だ。14年に就任し、このほど21年まで3年間の任期延長が決まった。
ボローニャ歌劇場はイタリアでも有数のオペラ劇場。吉田が率いる歌劇場フィルは、この歌劇場の専属楽団を母体とする自主オーケストラだ。歌劇場ではオペラを演奏することが多いが、それ以外の交響曲などを自由に演奏するために結成された。
異例の監督起用
吉田はボローニャ歌劇場フィルの定期公演を指揮するほか、同フィルの音楽活動全般を統括。歌劇場のオペラを指揮することもある。日本で人気のあるオーケストラは、ドイツやオーストリアに多いが「イタリアのオケにはオペラを基盤とした歌心があり、表現力はどの国にもまねできない。技術よりも感情。指揮者として魂を開放することの大切さをイタリアで教わった」と話す。
西洋音楽のルーツである宗教音楽やルネサンス音楽などを数多く生んだイタリアの音楽史は欧州の中でも深い。オペラでもベルディやプッチーニらが傑作をつくってきた。そんなイタリアでは「音楽は自らが演奏すべき」という意識が強いといわれる。そんな地で、日本人がオーケストラのトップを務めるのは異例だ。
ボローニャ歌劇場フィルの理事長で、フルート奏者でもあるジョルジョ・ザニョーニは「吉田は最小限の動きや指示で素晴らしい音楽を奏でる」と評価する。今年の同フィルのニューイヤーコンサートも吉田が指揮した。加えて日本でも姫路城などで野外オペラを上演している。07年にローマのカラカラ浴場でオペラを指揮した経験がヒントになったという。吉田は「日伊を両輪に活動することで相乗効果が生まれる」と感じている。
日伊の文化事業を手掛ける国際交流基金ローマ日本文化会館の竹下潤副館長は「以前は日本のオペラ歌手がイタリアに留学するケースが多かったが、近年は指揮者や作曲家など多様になった」と話す。ベネチア在住で日本やイタリアのさまざまなオケで指揮する三ツ橋敬子や、ミラノ在住で現代音楽を得意とする指揮者で作曲家の杉山洋一などもそうした人材だ。
「イタリアでなら、オペラもほかの音楽も両方学べる。この国の文化や生活に日々触れることで、音楽的なインスピレーションも得られる」と三ツ橋は話す。日本とイタリアの間で、音楽の新たな化学反応が生まれるかもしれない。
(文化部 岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2018年1月15日付]
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