山梨名物、せいだのたまじ 小粒ジャガイモ甘辛く
この秋、山梨県内のスーパーにカルビーのポテトチップス「せいだのたまじ味」が並んだ。山梨県上野原市の郷土料理とある。名前からは想像もつかない「せいだのたまじ」とはどんな料理なのだろう?
「山梨県とその周辺ではジャガイモのことを『せいだいも』と呼びます」と教えてくれたのは、甲府市教育委員会の宮沢富美恵さん。「せいだ」は18世紀後半、この地域で代官をしていた中井清大(太)夫(せいだゆう)に由来する。農村振興に力を入れ、飢饉(ききん)でコメが十分に取れなくても食いつなげるように、寒いところでも育つジャガイモを導入したという。全国有用植物地方名検索辞典(生物情報社)によると埼玉、福島、愛知などでジャガイモを「甲州いも」と呼ぶことがあるように、早い時期に山梨県で栽培が始まり、周辺に伝わっていったようだ。
一方、「たまじ」は小さなジャガイモを指す方言。「せいだのたまじ」をひと言でいうと、皮付き小ジャガイモの煮っ転がし味噌味だ。上野原市棡原(ゆずりはら)に伝わる家庭料理で、直径1~3センチメートル程度のジャガイモを洗い、まずサラダ油で皮に薄く焦げ目がつく程度にいためる。その後、ひたひたより少し少ないくらいに入れた水に味噌、砂糖を加え、ふたをして煮る。水気が飛んだら火を止め、ふたを外して粗熱が取れれば出来上がりだ。
棡原は山あいの集落で稲作に向かない。大豆を育て自家製の味噌を作り、通常なら捨ててしまう小さな芋を大事にした料理だ。
家庭料理なので、市の中心でも提供する店はまだ少ないが、家庭の雰囲気そのままに食べられるのが民宿梅鶯荘だ。予約すれば泊まらず食事だけでもOKだ。コース料理はせいだのたまじを含め約16品。芋も含め食材のほとんどは、嶋崎久子さん(61)が無農薬、有機栽培で作った野菜だ。
自家製味噌は、大麦の皮(ふすま)をこうじ菌で発酵させて造った。「今使っているのは7年寝かせた味噌です」と嶋崎さん。麦味噌は時間がたつと黒くなるが、あめ色を出すには向いているという。味噌田楽に上質のサラダ油を加えたような味で、鼻に抜ける味噌の香りが心地よい。
そば店、羽置の里びりゅう館のものは、在来の千石大豆で造った味噌がポイントだ。煮た大豆をミキサーで細かくし、米麹(こうじ)と麦麹を加える。寒仕込みでゆっくり発酵させることで、味噌自体にだしがきくようになる。ジャガイモは「ねがた」という在来種が中心。食べた後でも口の中がさっぱりしている。
地域の交流施設ふるさと長寿館のせいだのたまじは、作ってから1日置く。腕を振るう石井みや子さん(62)は「温かいと味噌が落ちてからまない。冷めるときに味がしみこむ」と話す。約20年前のオープン時から人気のメニューだ。
温かいのを食べたい人には、「たまじピザ」がお薦めだ。せいだのたまじを半分に切り、味噌とマヨネーズを合わせたソースをかけオーブンで約10分間焼く。とろりとしたチーズのほんのりとした塩味が甘辛い味噌とよく合う。
ちなみにポテトチップスは、長寿館の味をもとに作られた。3カ月間の期間限定で県内スーパーと上野原市で販売したが、1カ月で売り切れ、追加製造した。地元では2018年2月にも東日本に拡大して発売するという噂が絶えない。
せいだのたまじを今年9月からメニューに取り入れたのが、和ぃ寿うどんだ。ジャガイモはいためず、だし汁、味噌、砂糖を入れ強火で煮込む。煮汁が少なくなってきた最後の10分は15秒鍋を振って15秒休むを繰り返し、まんべんなく味を付ける。「ジャガイモのホクホク感が最も残っているのではないか」と胸を張るのは運営会社の責任者、菊地原武さん(55)。新潟から取り寄せた味噌のタレはみたらし団子のよう。しつこくなく、飽きが来ない。
市職員が有志でPRグループも結成、たまじまるというゆるキャラも作った。菊地原さんは「多くの店で出すようになったらせいだのたまじ選手権をやりたい」と話す。せいだのたまじは町おこしの夢に一役買っている。
冬には温かいせいだのたまじを作って食べたい。料理研究家の依田萬代さん(65)が勧めるのは、いためる代わりに油で揚げ、味噌でなくしょうゆ味にする方法。ホクホク感が増し日持ちもよくなるという。
一説では、人々は善政を行った中井清大(太)夫が去った後、上野原市の龍泉寺にほこらを建て、芋大明神としてまつったという。後にほこらは失われ、1981年に石碑が建てられた。もっとも江戸時代は芋と言えばサトイモ。痕が「いも」と呼ばれた天然痘に関するものだという説もある。
(甲府支局長 三浦秀行)
[日本経済新聞夕刊2017年11月28日付]
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