重い病気と診断… 治療と仕事の両立、あきらめないで
職場・同僚に まずは相談

突然、重い病気と診断された時、職場にどのように伝えるのがいいだろうか。「配置換えとなり、元の担当に戻れないのでは……」などタイミングに悩む人は少なくない。欠勤で同僚らに迷惑をかけることを恐れて辞めてしまう人もいる。経験者らは「可能ならば治療と仕事を両立させた方がいい」とアドバイスし、「そのためにも仕事に影響が出そうならば早めに相談することが大切」と指摘する。
「自分がどうなるか想像できなかった」。黄疸(おうだん)の症状が出た西口洋平さん(38)は2015年2月に急きょ検査入院し、胆管がんと告げられた。すぐに開腹手術を受けたものの転移で切除できず、最も進行した「ステージ4」と診断された。
大手の人材紹介会社の営業職の第一線で働いていた西口さん。当初は検査入院だったため会社には「すぐ戻ります」と伝え、がんと診断されて手術を受けても「2、3カ月休むかもしれない」と報告、病名は告げなかったという。
その理由を西口さんは「これまで通りの成績は上げられない。職場にどう伝えるかは悩みに悩んだ」と説明する。結局、上司と人事部長にがんと報告できたのは抗がん剤治療を開始した3月になってから。「少しずつ周囲に伝えることで、感情的にならずに報告できるようになった」という。

ライフネット生命保険(東京・千代田)が6月実施したがん経験者572人のアンケート調査によると、がんになった際に「不安」に思ったこと(複数回答)のトップは「再発や転移」(82%)で、次いで「仕事」(58%)。「家族への負担」(55%)と「治療費」(同)が半数を超えており、家族や治療費の負担を軽減するため仕事の継続を心配する声が目立った。
ところが「仮に支援制度があったとしても使えない雰囲気があったか」という問いには3割の人が「あった」「どちらかと言えばあった」と回答した。
がん患者の就労支援を行うキャンサー・ソリューションズ(東京・千代田)の高橋みどりさん(63)は「一般的に治療にかかる経済的負担は大きい。つらい状況でも仕事を通して社会とのつながりも持てる。性急に仕事を辞める決断はしないでほしい」と求める。
同社社長の桜井なおみさん(50)も「働き続けたい人、治療に専念したい人、それぞれの選択がある」としながら「仕事は後でも辞められる。即断しない方がいい」とアドバイスする。
そして桜井さんは「会社は安全を確保しながら働けるように配慮する義務がある」と説明。「会社が知りたいのは会社が配慮すべきこと、配慮が必要な期間、働く意欲があるか」として、職場に自分の状況や意向を伝える大切さを説く。
「相談相手が見つからないならば、自分で仲間を募るサービスを作ろう」。胆管がんと診断された西口さんは自身が経験したがんと告知された時の孤独感から、16年4月に交流サイト「キャンサーペアレンツ」(https://cancer-parents.com)を立ち上げた。
妻と小学3年の長女がおり、仕事やお金の心配は尽きない。サイトではがんの種類や進行度、年代、居住地、配偶者の有無、子供の年齢などの条件で状況の近い患者を見つけ、その日記を読んだりメッセージを交換したりできる。
西口さんが「ステージ4の胆管がん」と深刻な状況をすべての人に告白できたのは職場復帰から約1年後。「私も実はがんでした」と打ち明ける人もいた。「ほかにも孤独の闘いをしている人がいた」と知った。
「最後の仕事になるかもしれない」。当時はグループ会社に転籍していた西口さんはかつての上司に相談し、抗がん剤治療を続けながら週3日ほどのシフト勤務ができる非正規雇用で再入社。出勤しない日は治療とサイト運営の活動に打ち込んでいる。
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復帰支える外部制度 全国の労災病院で支援 働き盛りでの発症も多く
国立がん研究センターの調査によると、がん患者の約3割は15歳以上65歳未満の「生産年齢」で診断されている。ほかの疾患を含めて働き盛りで重い病気を発症する人は多い。

独立行政法人「労働者健康安全機構」(川崎市)は職場復帰を望む患者のために、患者と会社の間で情報を共有し、やりとりを円滑に進める「両立支援コーディネーター」を2014年10月から育成している。
16年までにがん、糖尿病、脳卒中、メンタルヘルスの患者を対象としたコーディネーター91人を認定。現在、全国に各都道府県1カ所ずつ設置されている産業保健総合支援センターか、全国の労災病院でサポートを受けられる。
その1つ、東京労災病院(東京・大田)のコーディネーターの原田理恵さんは「患者にはがんや脳卒中などと診断された時点で声をかけている。働く意欲があるのに仕事を辞めてしまうのを防ぎたい」と話す。
「公的な支援制度などを知らない患者が多い」という同機構の担当者は「職場復帰を望む患者をサポートする仕組みを全国の病院で導入したい」としている。
(鈴木菜月)
[日本経済新聞夕刊2017年11月16日付]
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