信州の郷土食「おやき」 カリッともちっと具たっぷり
信州の代表的な郷土食として長野県内の観光地やスーパー、コンビニエンスストアでも売られている「おやき」。昔から県北部を中心に家庭で食べていたが、一般に知られるようになったのは30年ほど前からという。一口に「おやき」といっても、焼いたもの、蒸(ふ)かしたもの、揚げたものなど様々。中に入れる具材も山菜、ナスやカボチャ、野沢菜など多種多様だ。
囲炉裏から煙が上がり香ばしい匂いが漂う。県北部の山間地、小川村にある小川の庄縄文おやき村では、竪穴式住居を模した空間で焼いた「縄文おやき」を食べられる。村内の縄文遺跡から炭化した穀類が出土したのが名前の由来という。
従業員の萱津昭子さん(74)が水で練った小麦粉を手のひらに広げ、具材のナスを包んでいく。それを中沢嘉道さん(77)が囲炉裏にかけた焙烙(ほうろく)で焦げ目をつけ別の鉄網に移して焼く。「昔はどこの家も夜は家族で囲炉裏を囲んでおやきを食べたもんだ」と中沢さんは回顧する。
熱々のナスおやきをいただく。意外に皮が薄く、お焦げが香ばしい。ナスの濃厚なうまみが口内に広がる。素朴で懐かしい味だ。
おやき村では有料で手作り体験ができる。「両手の親指で均等に皮を伸ばして」。萱津さんに教えてもらい挑戦したものの、皮の厚さがでこぼこに。驚くほど多量の野沢菜を包むのも難しい。縄文おやきは具だくさんが一つの特徴だ。
急傾斜地で稲作に向かなかった長野市西部や小川村では麦も貴重で、野菜や山菜を多く入れたようだ。長野市立博物館の樋口明里学芸員(26)の聞き取り調査では、昭和初期でもこの地域の夕食はおやきやうどん、そばなど粉ものだった。
おやき村が開業した1986年には専門店はなく、和菓子店で売っている程度だったという。ブームになった理由を権田公隆社長(47)は「積極的なPRに加え、食物繊維やたんぱく質が豊富な健康食というイメージや懐かしさがうけたのではないか」とみる。
北へ一山越えた長野市鬼無里には、いろは堂本店がある。生地は小麦粉にそば粉を5%混ぜイースト菌で発酵させた。元はパンを作っており、フランスパンに使われる発酵法を採り入れた。セ氏180度の油で1分揚げて同250度のオーブンで7分焼く。「揚げることでおいしさを閉じ込め翌日も固くならない」と伊藤宗正社長(61)は話す。
一番人気の野菜ミックスはキャベツ、タマネギ、ニンジン、野沢菜を信州の味噌で味付けしたもの。生地の表面はカリッと、内側はもっちりしてパンのように香ばしく、野菜の風味がひきたつ。定番のほか、春はふきみそ、秋は栗あんなど季節の商品を出している。
2011年に店の隣に開いたカフェではおやきの生地を使ったハンバーガーやドーナツを提供。スライスした野沢菜おやきにチーズをのせ、トーストしたりカナッペ風にしたりと自宅で楽しめるレシピも紹介している。
囲炉裏でおやきを焼いていた山間地と違い、長野盆地ではかまどで蒸かすおやきが中心だった。
長野市南部にあるふきっ子おやきの商品はもちもちで固くなりにくい。通常のおやきは小麦粉に水を60%程度加えるが、同社の加水率は100%。柔らかい生地に具を包み鉄板で回りを焼き固めて蒸している。
「長野の野菜のおいしさを感じてもらおうと何でも挑戦してきた」と話す代表社員の小出陽子さん(57)。作ったおやきは納豆、夏野菜カレーや麻婆ナスなど約300種類に上る。「和のトマトおやき」は皮にトマトペーストで赤く色をつけた。キャベツ、タマネギなどをしょうゆとオリーブオイル、トマトで煮込んでチーズを加えており、和風ピザのような味わいだ。
おやきの知名度は長野五輪でさらに高まったが、小規模店の閉鎖は続く。おやき店関係者は09年に信州おやき協議会(長野市)を設立し、年7回の「おやきを食す日」やスタンプラリーを開いている。
会長を務める小出さんらは県内のおやきを調べて13年に「信州おやき巡り」を出版した。「家庭でおやきを作って食べる文化を残したい」と特に力を入れるのがおやき教室。東京・銀座にある長野県のアンテナショップでは協議会として毎月1回教室を開いている。
総務省の家計調査では2014~16年平均の小麦粉消費量(2人以上世帯)は長野市が3919グラム。奈良市を抑え県庁所在都市でトップだ。おやきや山菜などの天ぷらが数字を引き上げているようだ。ソバの消費も多く全国有数の「粉もん」県といえる。新潟や茨城県などにもおやきと似た食品がある。
多くのおやき店は通信販売もしており、冷凍で全国発送し再調理すれば風味もそのままで食べられる。東南アジアなどでも売られるようになり、将来はベジタリアン向けに販路が広がるかもしれない。
(長野支局長 宮内禎一)
[日本経済新聞夕刊2017年9月5日付]
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