『幼な子われらに生まれ』 男の頑固さ 女の辛辣さ
父になるのは難しい。ましてや血のつながらない子の父になるのは。この映画の主人公も、よき父になろうとしながら、娘に突き放され、妻に突き上げられる。家族の現実は甘くない。
会社員の信(まこと)(浅野忠信)と専業主婦の奈苗(田中麗奈)は再婚同士。前夫に暴力をふるわれた奈苗の連れ子の薫、恵理子と4人で暮らす。信にはキャリア女性の前妻・友佳(寺島しのぶ)との間にできた実の娘・沙織もいる。そんな信と奈苗が新しい命を授かる。
思春期を迎えた薫は母の妊娠を知り、信への嫌悪感をあらわにする。よき父になるために、酒席や休日出勤を断り、家庭を優先してきた信は戸惑う。妊娠中の奈苗の態度にいらつき、生まれてくる子供を喜べない。そして「本当のパパに会わせてよ」という薫の要求に応えようとする……。
信にしてみれば不条理だろう。出世コースを外れ、出向先の巨大な倉庫で働きながら、一人耐えている。普通なら哀れな父に同情したくなるような筋立てだ。
ところが違う。どこか頑固な信を、女たちは厳しく責める。「理由は訊(き)くくせに、気持ちは訊かないのね」と友佳。「あなたが沙織さんと会わないようにしてくれた方が、よっぽど嬉(うれ)しい」と奈苗。理屈はともかく生々しい女たちの言葉が男を突き刺す。女の辛辣な目が、男への甘い感情移入を阻む。邪気のない娘たちの言動も信の心を揺すぶる。
その時の浅野忠信の一瞬の反応がすごい。困惑、こわばり、いらだち、放心……。爆発寸前だが、爆発せず、追い詰められていく。
原作は21年前に書かれた重松清の小説。社会の空気も夫婦の力関係も微妙に変わったが、脚本の荒井晴彦、監督の三島有紀子はそんな変化を取り込み、現代の物語に仕上げた。女の寸鉄は三島の手柄。そこから波立つ男の感情を繊細に表現する浅野の演技力に驚いた。2時間7分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2017年8月25日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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