『ロスト・イン・パリ』 生の歓び、そっと謳いあげる
予期せぬ傑作、愛すべき映画である。ドタバタ喜劇の手法で大いに笑わせてくれるかと思えば、ほろ苦いユーモアで人生のままならぬ哀感を描き、しかし、生きる歓(よろこ)びをそっと謳(うた)いあげる。今夏、見逃せぬ一本だ。
夫婦の道化師、ドミニク・アベル&フィオナ・ゴードンが、脚本・監督・主演をこなしている。
カナダの雪深い町から未婚の中年女性フィオナが花のパリにやって来る。真っ赤なドデカいリュックにカナダの国旗をちょこんと立てて、まさにおのぼりさん。
フィオナの目的は何十年も前に別れたマーサおばさんと再会すること。マーサは無理やり老人ホームに入れられるから、助けてくれと手紙をよこしたのだ。
だが、橋で記念写真を撮ろうとして、フィオナはセーヌ川に転落し、大事なリュックを失(な)くしてしまう。
そのリュックを拾ったのがホームレスのドミニク(ドム)。ドムはフィオナに一目惚(ぼ)れし、彼女の迷惑もかえりみず、マーサ探しを手伝ってやろうとする。だが、マーサは亡くなったことが分かり、2人は葬儀場に赴くのだが……。
まずは、主役2人の芸達者ぶりに驚嘆する。いくら本職の道化師でも、映画にその芸が映えるとは限らない。だが、このコンビは、歩く姿や身ぶりひとつで絵になっている。彼らの見事な身のこなしが、すでに映画的アクションとして成立し、画面に生き生きとしたリズムをあたえている。ささやかな仕草(しぐさ)がじつに面白く、魅力的なのだ。
物語も単純なように見えて、細かい伏線の張り方が巧みで、あとから効果がきいてくる。さらに、フィオナとドムの話に、マーサおばさんの話が絡んで、物語は意外な展開を見せる。マーサを演じたのは、88歳のエマニュエル・リヴァ。本作が遺作となったが、ダンス場面など体を張った演技で楽しませてくれる。1時間23分。
★★★★
(映画評論家 中条 省平)
[日本経済新聞夕刊2017年8月4日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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