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骨粗しょう症薬、使用に留意 副作用で顎の骨壊死

2017/7/3付 日本経済新聞 朝刊

 骨粗しょう症やがんの骨転移の治療に使う「ビスホスホネート製剤」という薬の副作用によって、顎の骨が壊死(えし)する患者が増えている。発症はまれだが、効き目の高い薬のため服用する人は多い。顎骨の壊死に抜本的な治療法はなく、虫歯や歯周病の治療などの予防が重要になる。専門家は注意を呼びかけており、関連学会は予防策や対応策を公表している。

 東京都に住む65歳の女性は数年前からかかりつけの歯科医から歯周病の症状を指摘されていた。痛みが強くなったので抜歯したが、いっこうに傷口は治らない。顎の骨が口の中に露出し、膿(うみ)も出る状態が続いた。

■高齢女性まれに

下顎の左側の骨が壊死している(76歳の女性患者、歯の間の部分が壊死したところ)

 歯科医の紹介で大学病院の口腔(こうくう)外科を受診すると、顎骨が壊死していると説明された。細菌の感染を抑える抗生物質を飲み、定期的に骨の壊死した部分を洗い流す治療を受けたが、数カ月たっても良くならない。口腔外科医からはこのままでは顎骨を切除する手術が必要になるかもしれないと告げられた。

 じつは女性は別に整形外科を受診しており、骨粗しょう症の薬としてビスホスホネート製剤を処方され、4年前から飲み続けていた。大学病院の口腔外科医は女性が飲んでいる薬を確認し、副作用である「ビスホスホネート関連顎骨壊死(BRONJ)」を発症したと判断した。

 顎骨壊死は下顎や上顎の骨が細菌に感染して腐ってしまう病気だ。乳がんの骨転移や骨粗しょう症の薬としてビスホスホネート製剤を飲む高齢女性などで、まれにだが発症することがある。

 壊死が起きると口の中で骨が露出し、強い痛みで食事が難しくなる。歯が抜けたり、顎の皮膚に穴が開いて骨が露出したりすることもある。放置して悪化し、脳や肺を覆う胸膜が細菌に感染する「脳膿瘍(のうよう)」や「膿胸(のうきょう)」による死亡例もあるという。

 骨は通常、古い骨を分解・吸収する「破骨細胞」と、新しい骨を作る「骨芽細胞」の働きのバランスによって代謝が保たれている。ビスホスホネート製剤は破骨細胞の働きだけを抑え、骨を丈夫にする薬だ。第1世代から第2世代、第3世代と薬の改良が進み、乳がんや肺がん、前立腺がんなどの骨転移、骨がもろくなる骨粗しょう症の治療や予防に重宝されている。

 ただ、薬の効き目が高まり、服用する患者が増えた半面、副作用として顎骨の壊死の発症も多くなってきた。日本口腔外科学会がまとめた全国調査では、2006~08年に計263例が報告されたのに対し、11~13年は計4797例と急増した。11~13年の調査では、ビスホスホネート製剤を服用するようになった原因の病気はがんが47%、骨粗しょう症が45%とほぼ同じ比率だった。

 調査に携わった東京歯科大学の柴原孝彦教授は「医師と歯科医師の双方が注意し、連携すれば発症は防げるはずだ」と話す。先に対策が進んだ米国では発症が減少傾向に転じたという。

■口中衛生を改善

 同学会や日本骨代謝学会など6つの学会は昨年夏、顎骨壊死の予防策や対応策についてまとめた「ポジションペーパー」を4年ぶりに改訂した。顎骨壊死は発症の仕組みなど未解明な部分も多いが、現時点での統一的な見解を公表した。

 ペーパーでは対策として、ビスホスホネート製剤の服用前に歯科を受診することを挙げている。口の中の衛生状態を改善し、抜歯などの歯科治療を投薬開始の2週間前までに終えることが望ましい。

 東京女子医科大学病院では他の診療科がビスホスホネート製剤を処方する際、歯科口腔外科を受診する体制を整えた。予防には医師と歯科医師の連携が欠かせないが、まだ全国的には対策が徹底されているとはいえない。貝淵信之助教は「患者自身も副作用を知っておくことが大切」と語る。

 既に服用している人でも歯科の受診は重要だ。歯磨きなどで口の中を清潔に保ちつつ、顎骨壊死のきっかけになりうる虫歯などがあれば、抜歯などの最小限の治療も受ける。柴原教授は「歯科医は必要な治療をためらってはいけない。放置するとかえって発症を招いてしまう」と強調する。

 顎骨壊死がすでに起きている人の場合、発見が早くなるほど治療の可能性が高まる。軽症ならば傷口の穴の洗浄や抗菌薬の使用で治ることもある。症状が進むと壊死した骨をかき出し、場合によっては顎骨の一部を切除する。

 ただ、重症になると顎骨を切除しても完全に治らないことがある。命に関わる疾病に使う薬のため服用をやめるのは難しく、やめても症状が改善するとは限らない。新たな治療法として、酸素カプセルに入る高圧酸素療法、細胞シートを使った再生医療などが検討されているが、まだ根本的な治療法は確立されていない。

◇  ◇  ◇

■他の薬でも報告

 顎骨が壊死(えし)する副作用が、ほかの薬でも起こることが近年明らかになっている。

 ビスホスホネート製剤と同じように古い骨を分解・吸収する破骨細胞の働きを抑え、骨粗しょう症やがんの骨転移の治療に使う新薬「デノスマブ」でも、ほぼ同じ頻度で顎骨壊死が起きる。最近は両方の副作用を合わせて、「骨吸収抑制薬関連顎骨壊死(ARONJ)」と呼ぶようになってきた。

 デノスマブはビスホスホネート製剤と異なり、骨に沈着して残留せず、破骨細胞を殺さない。顎骨壊死は発生しないと期待されていたが、副作用をなくすことはできなかった。

 がん治療で抗がん剤としばしば併用する血管新生阻害薬などでも、顎骨壊死の発生率が上がるという報告がある。米国口腔(こうくう)顎顔面外科学会は幅広い種類の薬による副作用を指す「薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)」という名称を提唱している。

 高齢化などで骨粗しょう症やがんの患者が増えるにつれ、ビスホスホネート製剤やデノスマブなどを服用する人も増加する見通し。骨折の予防や骨転移の治療は生活の質を保つために重要で、薬の服用そのものが悪いわけではない。適切な予防策で副作用を避けつつ、薬と付き合っていくことが重要だ。

(越川智瑛)

[日本経済新聞朝刊2017年7月3日付]

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