森林浴、山道歩き、温泉… 自然が病院「クアオルト」
疾病の緩和や予防のため、山間部や森林などの自然環境の中で保養するドイツ発祥の気候療法が各地で広がりを見せている。自治体が「クアオルト」と呼ばれる保養地をつくり、森林浴やウオーキングなどを開く。健康促進による医療費削減のほか、埋もれた観光資源に目を向けて地域活性化につなげる狙いもある。
「それでは心拍数をはかりましょう」。6月上旬、山形県上山市にある標高300メートルほどの里山に50代~70代の男女約15人が集まった。同市では2011年からほぼ毎日「クアオルト健康ウオーキング」を開いている。
3回の休憩ごとに手首に指を当てて15秒間の脈をはかり、4倍にして1分間の心拍数を計算する。数値の変動を見ながら、高低差のある約3キロのウオーキングコースを2時間半かけて歩き通した。
先導したガイドの渡辺之博さん(69)によると、目標とする心拍数は160から年齢を引いた数値。坂道を歩くとどうしても心拍数は上がってしまうが、「毎日歩いていると体も慣れてきて数値の変動が小さくなる」と話す。
この日はジメジメした曇り空。3年前に定年退職してからほぼ毎日参加している山形市の60代男性は「退職当時は医者にメタボ気味と言われていたが、歩いたらスリムになったよ」とほほ笑む。
市内にはクアオルトの第一人者とされるミュンヘン大のアンゲラ・シュー教授が認定したウオーキングコースが8コースある。市が案内板を設けたり、山道にはウッドチップを敷くなどし、歩きやすいように整備した。
10年にはガイドの任意団体「蔵王テラポイト」を立ち上げ、市の認定を受けた約40人のガイドが年間約360日、8コースのいずれかで健康ウオーキングの参加者を先導する。毎日少なくとも10人以上の参加者が来るといい、参加者の4割ほどが市外からやってくるという。
市クアオルト推進室の高橋ちぐみ保健師は「早朝にコースを自主的に歩く人も多く、年々増えている印象」と話し、市民自ら健康を維持する意識が根付きつつあると感じている。
豊かな自然環境をいかした「クアオルトづくり」は各地で広がっている。
同県天童市では上山市に倣い、「クアの道」と呼ばれるウオーキングコースを設けている。
新潟県妙高市も今年4月には温泉プール付きの体育館をオープン。市民向けに高原地帯での高地ウオーキングやプールでの水中運動などを週1回開いている。参加者の年齢層は30代から80代までと幅広く、高血圧や肥満に悩む人も多いという。今後は県外の人を呼び込むため、長期滞在型のプログラムをつくる計画だ。
市の高齢化率は14年時点で32%で、25年に40%近くに達する見通し。豪雪地帯のため、冬季は運動不足になりがちだという。市健康保険課の担当者は「改めて地域資源に目を向け、プログラムを通じて医療費の削減を目指したい」と話す。
上山市は大分県由布市、和歌山県田辺市などと温泉保養のあり方を調査する「温泉クアオルト研究会」を11年に設立。15年に同研究会を母体とした日本クアオルト協議会を立ち上げた。6月時点で8市町が参加している。
自治体が整備していない場合はどうすればいいのだろうか。
日本クアオルト研究所(名古屋市)の小関信行所長は「森林などで直射日光を避け、冷気で体表面を冷たく保ちながら傾斜地をゆっくりと歩けば同じような効果を得られる」という。「目安は30分から1時間ほどの無理のない運動を週3、4日続けること。心拍数を計測しながら無理のない程度で取り組んでほしい」とアドバイスしている。
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本場では保険適用 年間2400万人が利用 心疾患・高血圧 リハビリ活用
「クアオルト」はドイツ語で「療養地」や「健康保養地」を意味し、ドイツ国内では州などが約370カ所を認定している。山地や森林、温泉や海辺など自然環境を生かして数日から数週間の滞在ができるように整備されている。
山地ではウオーキング、温泉地では入浴など療法は様々だ。主に心臓や循環器系のリハビリ、高血圧の治療に活用されている。各クアオルトには医療機関があり、専門医の処方で療法プログラムに参加すれば医療保険の適用対象となる。年間約2400万人が利用するという。
日本では保険適用ではない。一部の保険会社では社員に国内のクアオルトを紹介し、一部を負担する形で滞在プログラムの体験を促す取り組みに乗り出している。
(石原潤)
[日本経済新聞夕刊2017年6月29日付]
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