漫画レシピで自宅ひとり飯 身近な幸せに共感
最近、出版界で確立したジャンルの一つに"ひとり飯"がある。美味なる食を求め店を訪ね歩く漫画「孤独のグルメ」が代表格だが、近ごろ目立つのは自宅で作るひとり飯の本だ。
「手のひらサイズの幸せを描きたかった」
こもとも子の漫画「ごほうびごはん」(芳文社)は地方から上京した新人OLが主人公。慣れない仕事に疲弊する彼女の楽しみは、週に1度の自分をねぎらうご褒美ご飯だ。
週刊誌で連載が始まったのは2014年。こもは本作でデビューするまでの約7年間、ファミリーレストランなどでバイトをしながら漫画家を夢見て投稿を続けてきた。この間「外食にはほとんど行けなかった」という経験が、主人公に投影されているという。
ありふれた食材
編集者と目指したのは、どこにでもいる働く女子が作る、誰もがおいしく食べられる料理だ。どの家にもありそうな調理器具で、どこのスーパーでも手に入る食材で作る。買い足す必要がある場合でも100円ショップで手に入る物というルールを決めた。
簡単にできる半熟煮卵や、鶏ガラスープの素やツナなどと一緒にレンジでチンする「無限ピーマン」、バターチキンカレーなど様々なメニューに挑戦。実際に作りながらオリジナルのレシピを作成し、単行本の随所に挿入した。
「料理好きでなかったから、むしろ丁寧に描けた」とこもが話す通り、読者からは「レシピ通り作ってみた。おいしかった」といった反響が寄せられた。SNSでレシピが拡散したことも何度もある。編集者は「読者も主人公と一緒に料理をしている感覚を抱いてくれたようだ」と話す。
残り物で美食
残り物やインスタント食品でおいしさを追求するニートの女性を描くのは、まめきちまめこの漫画「ニートめし!」(双葉社)だ。主人公の「にぃ子」は職がなく、自宅でごろごろして過ごすが、おなかはすく。そこで同居の家族の冷たい視線を感じつつ、空腹を満たそうと頭をひねる。
紹介されるのは、冷やご飯と干からびかけたコーン、キャベツで作るチャーハンや、ホットケーキの生地を使ったパンケーキサンドなど。まめこは「自分もニートだった時期があるので、実家で過ごす時間が長かった。ありふれた料理ほど思い出があり、外食では感じないおいしさがある。身近で大好きな料理ばかりを描いた」と話す。読者からは余り物で食欲を満たそうとするにぃ子に共感する反応が多いという。
漫画だけではなく、レシピ本も出ている。最近、特に話題なのが「手抜き料理研究家」を名乗る、はらぺこグリズリーの「世界一美味しい煮卵の作り方」(光文社新書)だ。2月刊行で重版を繰り返し、累計発行部数は12万部を超える大ヒットとなっている。
「今までにないレシピ本を、片手で持てる新書サイズにした」とはらぺこグリズリーは話す。「作ろうとしてみたけどターメリックがない、圧力鍋がない、だから作れないとはしたくなかった」と、ありふれた調理器具と食材で作れるレシピを紹介している。
ご飯物からおつまみ、スイーツと幅広い計100のレシピのうち、半数以上が材料費100円以下。ほとんどが3つ程度の工程で完成する料理だ。「適量」「少々」など曖昧な表記は一切せず、「絶対に失敗しないように工程ごとの写真を掲載した」という細かな工夫が、多くの読者に受け入れられた。
レシピ本はあまたあるが、1人用のものはまだ少ない。それに「既婚者でも毎食一緒に食卓を囲むわけではなく、実はひとりで食べる機会は多い」(はらぺこグリズリー)。ヒットの背景にはこうした需要があるだろう。さらに、これらの本や漫画の作者は20~30代と若い。小さなことで幸せを感じられる世代が、新しい食の世界を切り開いているのかもしれない
(文化部 近藤佳宜)
[日本経済新聞夕刊2017年6月26日付]
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