「医療保育専門士」創設10年 入院児の保育充実に力認知度向上が課題

入院する子供の遊び相手になってストレスを軽減させる
入院する子供の遊び相手になってストレスを軽減させる

入院中の子供をケアするため、医療知識を持つ保育士が増えている。幼い子供の食事の介助のほか、治療をしていない時間の遊び相手やおむつの交換やトイレの補助、昼寝や夜に寝る際のサポートまで担う役割は広い。病状に合わせて保育内容を柔軟に変更することで、通常の保育士では難しい子供の入院生活を支えている。学会が資格を創設してから10年。資格の認知度の向上が課題だ。

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「遊ぼうか!」。5月上旬の昼すぎ、東京北医療センター(東京・北)の小児科病棟の一室に、医療保育専門士の北村さやかさん(35)の明るい声が響き渡った。乳幼児用の遊び道具を手にした北村さんの姿が見えた途端、1歳の女児は満面の笑みをみせた。

女児は同センターに入院するのは初めてで、期間は3日間。女児が北村さんから受け取ったブロックを形のあった穴に一つずつ入れると、正面に座った北村さんは「よくできたね」とほめ、数分で退室した。

北村さんは「長時間遊ぶと、まだ疲れてしまう。だけど少しでも遊ぶことで、『病院が怖い』というイメージをなくせてリラックスして治療を受けられる」と話す。

資格者は160人

医療保育専門士の資格は日本医療保育学会が2007年3月に創設。保育士の資格に加え、保育士として常勤では医療機関で1年以上働いていることなどが条件だ。医学に関する座学の研修のほか、実際の事例に関する論文、面接試験を経て認定される。

資格は5年ごとの更新制で、この間に論文発表や学会への参加などが必要だ。毎年10~30人ほど認定されており、16年度までに計160人が誕生した。

病気で入院する子供に対する保育の必要性は以前から求められていた。同学会の副理事長で、帝京平成大学の横田雅史教授(病児教育)によると、初めての事例は1950年代の聖路加国際病院(東京・中央)とされている。治療だけではなく、治療以外の時間の子供もケアしようという動きが広がり、90年代ごろから保育士を配置する病院が増え始めたという。

横田教授は「入院中の子供の遊び相手だけでなく、長期入院で院内学級に通う子供の勉強や生活もサポートするなど一定の役割を果たしてきた」と説明する。

国の補助金なし

一方、国の補助金はなく、2002年に診療報酬の加算条件として「常勤の保育士の1人以上の配置」を盛り込んだものの、人件費をまかなえるほど十分でない。また専門性が理解されず、「子供と遊んでいるだけ」と誤解されることも多かったという。

だが病気で不安を抱える子供に安心感をもってもらって接することは容易ではない。

東京北医療センターでは感染症などの一般小児科の患者が多く、ほとんどが1週間程度で退院する。保育園での勤務経験もある医療保育専門士の北村さんは「患者が毎週入れ替わるため、病気も、もともとの性格も違う子供と短期間でゼロから関係性をつくるのは病気に対する知識と保育の両方が不可欠」と話す。

「病気の治療をしている子供に対する保育は、通常の保育園の保育とは異なる」。同学会の理事長を務める中村崇江さん(51)は強調する。

中村さんが主任保育士を務める自治医科大病院(栃木県下野市)に併設する「とちぎ子ども医療センター」は小児外科だけでなく、「小児・先天性心臓血管外科」「子どもの心の診療科」など診療科が充実しており、入院する患者の病気もさまざまだ。

例えば、事故などで寝たきりになってしまった患者の場合、楽器を使いながら歌うなどして保育したり、症状が重くない患者は体を使った遊びを取り入れたりするなどしている。

同センターには保育士が8人おり、中村さんを含めた2人が専門士の資格を保有している。中村さんは「『この子には何が必要か、どう関わるべきか』ということは、保育士の中でも疾患のある子供や家族に関わる知識と技術のある専門士が一番よく分かっている」と話す。中村さんが中心となり、資格のない保育士を指導し、入院中の子供の生活や成長などを支えることを心がけているという。

同センターでは医療保育専門士の資格者が新人保育士や後輩の指導を担当する仕組みになっている。センターのほかの保育士の中には資格を取得しようとする人もいるという。「もっとこうした資格を持った人が増えれば、よりきめ細かいケアを提供できるようになる」と期待している。

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海外では地位確立

日本の医療現場における保育士の立場が不安定な位置づけである一方、欧米などでは小児医療において、子供の心のケアをする専門職が重要な役割を担っている。

米国では、1980年代ごろから「チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)」の導入が進んだ。CLSの資格取得には学校、病院などでの実習を経て、試験に合格する必要がある。

CLSは病院の小児医療チームの一員として重要な役割に位置付けられており、多くの病院に配置されている。米国内だけで4千人程度いるとみられ、日本にも資格取得者が30人ほどいる。

英国では、米国よりも早く60年代から同様の「ホスピタル・プレイ・スペシャリスト(HPS)」が政府公認の資格として認定されている。HPSは遊びを通して子供に治療内容を説明し、不安を和らげる役目などを担っている。

ただ日本では入院中は子供の保育よりも、治療を優先する傾向がある。日本国内でCLSやHPSの資格保有者が働く病院は20カ所程度にとどまっている。日本発の医療保育専門士が広がることで、医療機関における保育士の役割が高まることが期待されている。

(石原潤、山内菜穂子)

[日本経済新聞朝刊2017年5月29日付]

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