サンショウウオ・山菜… 福島の秘境に「山人料理」
主食はソバ、村人の知恵
新潟、群馬、栃木の県境と接する福島県檜枝岐村(ひのえまたむら)。尾瀬国立公園の玄関口で、江戸期から続く伝統の農村歌舞伎でも有名なこの地で作り継がれる名物料理がある。「山人(やもーど)料理」だ。山菜やキノコ、川魚など山川の恵みをふんだんに使った料理の数々は、見た目は地味だが滋味に富む。専ら地元の旅館や民宿で提供され、現地に行かなければありつけない秘境の味だ。
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檜枝岐村の大きな特徴の一つが、その地勢。村の中心部の標高は約940メートルで四方を標高2000メートル級の山々に囲まれている。今冬は2メートル近い積雪にも見舞われた。厳しい環境で稲作ができないため、村人はソバを主食とし、地元産品で料理をおいしく食べる方法を模索してきた。
山人とは山仕事に従事する男たちを指す。村の男たちは山に入って狩猟をしたり、建てた小屋でヘラや杓子(しゃくし)の木工品を作ったりしていた。彼らは山にソバ粉や味噌、塩を持って行き、山で取れる食材で料理を作った。それを再現したのが山人料理だ。
雪降る2月上旬、村中心部にある「旅館ひのえまた」を訪ねた。厨房をのぞくと、会長で料理を担当する橘喜代一さん(73)がサンショウウオのからあげを作っていた。大型のオオサンショウウオではなく、体長10~20センチほどのハコネサンショウウオだ。
「外見はグロテスクだが食べると血行が良くなり、子供のおねしょや疳(かん)虫にも効く」と喜代一さん。もともと漢方薬の原料として出荷されていたが、からあげや天ぷらの発案者は喜代一さんだ。かつては自身も山に入っていた。
夕食に並んだ山人料理は素朴ながらバラエティーに富んでいた。この日の献立は11品。マイタケやキクラゲ、カモ肉、山菜のほかソバ粉を練った「つめっこ」を入れた味噌仕立ての「山人鍋」。ぜんまいとムキタケ、干しイモの煮付け、鹿の舌(かのした)と呼ばれる地キノコのいため物――など。鍋の肉はクマやウサギのこともあるという。
サンショウウオのからあげは臭みはなく、歯応えのよい小魚のような食感。外見の抵抗感を和らげるため「最近は衣を少し厚めにしている」(喜代一さん)。塩焼きや天ぷらにもする。
曲げ輪っぱの蓋を開けると「はっとう」が登場。ソバ粉ともち米粉を熱湯でこね合わせ、ひし形に切ってゆで、から煎りしてすったじゅうねん(エゴマ)と砂糖をまぶした代表的ソバ料理。もちもちした食感と甘いタレが後を引く。その昔上官に出したら「平民はこんなおいしいものを食べてはいかん」とご法度になったことが名前の由来だ。
名物の「裁ちそば」もお目見えした。裁ちそばはソバ粉100%で、熱湯と水だけで作る。生地がちぎれやすいため、2ミリほどの厚さに伸ばした生地をたたまずに5~6枚重ね、手を定規のように当てて布を裁断するように包丁を引いて切る。そばつゆはイワナで出汁(だし)を取った澄んだ味わいだ。薬味にシソの実と葉、唐辛子を塩漬けした「山人漬」を添える。
旅館ひのえまたでは喜代一さんの妻、妙子さん(72)が毎朝、その日提供する分のソバを用意する。村では「ソバ打ちできないと嫁に行けない」といわれる。妙子さんは村外から嫁ぎ「先代女将のやり方を見よう見まねで覚えた」。その裁ちそばを目当てに訪れるリピート客も多いという。
同旅館を含め村の温泉街には4軒の旅館があり、夕食に山人料理が供される。1872年開業の「そばの宿 丸屋」では、伝統のソバ料理や女将の手作り料理が、「かぎや旅館」「ますや旅館」でも四季折々の山の幸を使った料理を堪能できる。一部の民宿や食堂でも単品料理などで提供されるが、時期により営業状況が変わるため、事前に確認しておきたい。
檜枝岐村は2月1日、村政独立100周年を迎えた。山人料理には共通のレシピがなく、調理法や味付けも、宿や家庭で異なる。人口600人強の小さな山村でそれが脈々と受け継がれてきた。地元の山川の恵みを地元の人が手作りする「山人料理」。飲食チェーンや市販品では出合えないぜいたくがここにはある。
山人料理に使う食材は、秋が旬のキノコや10~3月は禁漁となるイワナなど特別な季節にしか手に入らないものもある。観光振興を目指す檜枝岐村は、民宿や旅館などに食材を安定供給できるようにと1990年、村営のイワナ養魚場「檜枝岐魚苑」とマイタケ栽培施設「特産品センター」を設立した。37万匹を飼育する檜枝岐魚苑の管理者、渡辺正夫さん(59)は「取水口のごみ取りや冬場の除雪は大変だが、安定生産できるようになり、今では加工品などの村外向け販売も手掛けている」と話す。
(福島支局長 松本勇慈)
[日本経済新聞夕刊2017年2月28日付]
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