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小豆島の妖怪が描かせる絵 伝承モチーフに創作 妖怪画家、柳生忠平

2017/2/24付 日本経済新聞 朝刊

 瀬戸内海に浮かぶ小豆島(香川県)に生まれ育ち、目に映るもの、耳に聞こえるものから連想した様々な妖怪の絵を描いている。巡礼地に根を下ろした巨木、古びた民家、土地に代々伝わる昔話など、妖怪画の種は豊富だ。本格的に描き始めて12年。「島を日本で一番モノノケの姿が見られる場所にしたい」ぐらいの思いで筆を執っている。

旧家の天井に描いた「モノノケマンダラ」

 場所が持つ霊気を感じ取り、具体的な姿を与えるのが妖怪画家の使命だ。2015年10月から4カ月かけて島内の土庄町にある古民家に描いた天井画「モノノケマンダラ」。「カンシシャ(監視者)」と名付けた妖怪は、ぎょろりとむいた目玉とぐにゃぐにゃくねる赤黒い手足を持つ。この建物に初めて入った時にヤモリを見つけ、建物の主だと直感した。その姿から想像を膨らませた。

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■目をこらせばぎょろり

 20畳ほどの天井画は地元の街おこしプロジェクトが運営するギャラリーにある。暗闇の中で畳に寝っ転がると、明治にできた古い座敷に宿る「付喪神(つくもがみ)」である妖怪と、じっくり向き合えるようにした。この空間そのものが「モノノケマンダラ」という作品なのだ。

 丸い目玉を見つめていると、体から邪気が吸い取られていくような気がする。薄暗い空間だが、目が慣れると天井画の隅々まで見えるようになる。見た方々は悪い精気が抜けていって爽快な気分になるかもしれない。描いた本人は邪念が多すぎて、吸われても吸われても浄化された気にならないのが少し悲しい。

 小さな頃から妖怪が好きで、水木しげるさんの漫画「ゲゲゲの鬼太郎」が愛読書。自宅の裏が神社で、崩れかかった空き家もあった。何かが潜んでいそうな雰囲気で、妖怪を探す遊びに夢中になった。小豆島は弘法大師ゆかりの地を歩く八十八カ所巡りが整備され、霊場がたくさんある。海の近くの霊場は奇妙な岩があり、子供心に異界との接点のような気がした。

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■帰郷を機に活動開始

 関西の美大で絵画を学んでいたとき、抽象的表現で妖怪を描いていた。その頃描いた妖怪は、ぐにゃぐにゃした管のようなものがくっついた、えたいの知れぬ形だった。

 卒業後は製菓会社でデザイナーとして働き、02年に26歳で小豆島に戻った。親族の会社を継ぐための帰郷だったが、自分はどうしても絵が描きたい。それも昔から身近に感じていた妖怪を。思いが募って05年、絵筆一本で生活していくことに決め、「絵描鬼(えかき)」と名乗って活動を始めた。

 抽象表現をやめて、浮世絵や漫画、水墨画などの日本美術を手本に勉強しなおした。自らの妖怪画を確立するきっかけは、06年に香川県坂出市の留置場の跡地で滞在制作をした時のことだ。

 コンクリート壁の部屋に残った古い木の扉を見た瞬間、扉そのものに絵を描きたいと思った。扉に宿った霊気を感じたのだろう。木目を見つめていると何かに見られているという感覚と風神雷神の姿が心に浮かんできたので、イメージに忠実に描いてみた。それが妖怪「カンシシャ」シリーズの第1号になった。

 小豆島にも妖怪話は数多く残っていて少しずつ絵にしている。「イッポンアシが住んでいる場所に雪の降った翌朝に行ってみると、赤ん坊の足跡のようなものが残っていた」という話を聞いた時は、背中にキノコが生えた真っ赤な一本足の妖怪を描いた。

 相撲を取り、相手に勝つまで体が大きくなる「ゴゼンボウ」、島内に最も多く残るカワウソの妖怪である「カボソ」。文字にすると数十文字で終わってしまう言い伝えが多いが、短い方がかえって想像力を刺激する余地がある。

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■全国から作品集め展示

 小豆島八十八カ所霊場の54番札所、宝生院のシンパクの巨木には小さな頃から感じるものがあった。根元は周囲16メートル、樹齢1600年を超える国の特別天然記念物。こんもりとした森のような姿は老人が寝転んでいるように見えたので、小さな木霊と一緒に絵にした。

柳生忠平さん

 私が島で妖怪を描いていることから、妖怪をテーマにした街おこしをしようという動きにもつながった。有志で13年に「妖怪造形大賞」を創設。全国から創作妖怪フィギュアを募り、これまで642点を集めた。島内の「モノノケ堂」というスペースで展示している。今年は日本だけでなく、台湾でも作品を募集する。

 妖怪には文化の壁を超えて人をつなげる力がある。これからも島を拠点に、モノノケたちに形を与える絵描きを続けていきたい。

(やぎゅう・ちゅうべい=妖怪画家)

[日本経済新聞朝刊2017年2月24日付]

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