福岡の冬のご褒美 幻の魚「アラ」の料理
鍋でぷりぷり

「アラ」と聞いてまず思い浮かぶのは魚の頭や骨を使ってダシを取るアラ汁だろう。しかし、福岡県でアラといえば高級魚、クエのことを指す。北部九州で捕れるアラは冬場を中心に流通する。簡単には手が出ない価格だが、寒い冬に食べる「アラ鍋」をはじめとしたアラ料理は絶品だ。美味を求めて全国から福岡へと足を運ぶ人は多い。
「アラは歯応えがしっかりしています。肉みたいと言う人も」。アラ料理店、相撲茶屋大塚(福岡市)の女将、大塚洋子さん(66)は笑顔で話す。同店はアラ料理を1年を通して提供する数少ない店だ。
グルメマンガ「美味しんぼ」にも登場した。全国から観光客や出張客が訪れる。85人ほど収容できる店内は、12月の忘年会シーズンともなれば地元の人も加わり、ほぼ満席の日が続く。11月の大相撲九州場所の時期には大勢の相撲取り関係者が訪れるのも恒例だ。
11月、料理長の末永諭吉さん(59)がアラをさばく様子を見せてくれた。この日は体長約60センチメートル、重さ6キログラムほどのアラに向き合うと「こういうところは手がかかるね」と苦笑しながら、包丁でうろこをむき始めた。焦げ茶のうろこの下からは白い身が現れる。「骨が硬いから」と切り分けていく過程でおのも登場。「塩焼き用」「刺し身用」など分けた身の部分は2キログラムほど。エラや内臓も捨てずに血抜きをして提供する。





「アラ」とは何か――。焦げ茶色の皮膚で目がぎょろっとしている。とがった背びれが目立つ魚だ。
「クエと同じ。地方名がアラということ」。福岡市の一大魚市場「長浜鮮魚市場」で卸売りする福岡魚市場の原武美・営業第2部部長代理(55)は話す。同社が扱うアラは福岡近郊のほか、平戸など長崎県で捕れたもの。魚に脂がのり鍋需要も増える秋から冬場にアラを捕るための船が多く出航し、漁獲量が多くなるという。大きいものは60キロほどになる。

クエは「幻の魚」とも呼ばれ高い値がつく。当然アラも同様で福岡市で「博多の台所」として知られる「柳橋連合市場」を12月上旬に訪ねてみると、販売価格は1キロ当たり6千円~8千円台まで。ある鮮魚店の男性店主は「飲食店の人が1匹を4分の1ずつくらいに分けて買っていく。個人客は高いからほとんど買わないね」と教えてくれた。
大塚のアラ鍋は昆布や酒を入れたシンプルなだしの中にアラや白菜、豆腐などを入れていく。鍋にはアラから出た油が浮き上がる。ポン酢でいただくと、ポン酢のさっぱりさと、白身のしっかりとした味が合わさる。コースのほか、単品でも注文できる。

アラは様々な食べ方で楽しむことができる。福岡らしさをより味わえるのは福岡市の飲食店が並ぶ西中洲の「浜秀」。9月~1月ごろの冬季にアラ料理をコースで提供する。刺し身や塩焼きとしてアラを楽しんだ後に出てくるのが、アラのしゃぶしゃぶ。そのダシはアラからとるだしはもちろんだが、「あご(トビウオ)だし」を使っている。
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全国に存在する地域ならではの雑煮の味。福岡には「博多雑煮」があり、あごだしを使うのが特徴だ。店主の大井秀実さん(56)は「博多らしさを出したかった」とメニュー作りの狙いを話す。アラしゃぶを楽しんだ後は、しゃぶしゃぶで使ったダシをかけた深い味わいの雑炊を食べられる。
福岡を訪れる人がぜひ食べたいのがやはり新鮮な生魚だろう。福岡市内に4店舗構えるたつみ寿司はアラすしを提供する。総本店の田上一成店長(42)は「気軽に食べられるのは九州、福岡ならでは。アラを出していると九州外から来た人に喜ばれる」と話す。

席にしょうゆを並べないのが同店の特徴。職人はお酒の進み具合に合わせて岩塩やしょうゆだれを合わせてくれたり、あぶったりとおいしく味わえるようあらかじめ工夫を凝らしてくれる。「『アラ』とは何かというお客さんとの会話のきっかけにもなる。面白い魚」(田上店長)。多くの店でアラを楽しめる季節はもう少し続く。
九州ではクエを地方名として「アラ」と呼んでいるが、生物学的には別に「アラ」という魚が存在する。どちらも漁獲量が少なく貴重で美味な魚という共通点はある一方、長崎大学の橘勝康教授(水産食品学)は「クエに比べアラのほうが頭が細いといった見た目の違いがある」と指摘する。九州地域では種別名のアラは「タラ」などと呼ばれているという。
魚に関する「アラ」という言葉は、魚の頭や骨を指すアラ汁の「アラ」もあって混同されやすい。
(西部支社 定方美緒)
[日本経済新聞夕刊2016年12月27日付]
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