無痛分娩、広がる欧米などで普及

2016/12/25付
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局所麻酔でお産の痛みを和らげる無痛分娩が広がりつつある。2008年度に実施したアンケート調査では全体の2.6%だったが、現在は約5~10%に増えていると医師らはみている。24時間無痛分娩に対応できる病院も徐々に増え始め、分娩中に無痛を選択することも可能になってきた。

東京都に住む30代のA子さんは昨年、初めての妊娠が判明した。うれしい半面、友人から「背中をダンプローラーで何度もひかれる感じ」というお産の体験談を聞き、痛みへの恐怖を覚えるようになった。迷った末に「痛みが少なく、産後の回復も早い」と聞いて無痛分娩を選んだ。

出産は女性が経験する最もつらい痛みとされる。子宮が収縮する際に起きる陣痛の間隔が次第に短くなり、10分おきになったらお産が始まる。陣痛は次第に強く、間隔も短くなり、胎児が下りてくると、さらに産道が広がる痛みが重なる。赤ちゃんが出てくるまで10~15時間痛みが続く。

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無痛分娩を早くから手掛けている順天堂大学の角倉弘行教授は「ここ10年ほどで、無痛分娩を取り入れる医療機関が増えてきた」と話す。

さらに一年365日、24時間いつでも無痛分娩に対応できる病院も登場している。順天堂大学付属順天堂医院や東京マザーズクリニック(東京・世田谷)、大阪大学付属病院などだ。

無痛分娩は、通常は産科麻酔ができる医師がいる日に合わせて出産日が設定される。前日から入院し、医療器具を使って子宮口を広げ、陣痛促進剤で陣痛を起こして出産につなげる。初産だとうまく子宮口が開かずに数日かかってしまい、かえって母体の負担が増えてしまうケースも報告されている。

一方、24時間対応なら、出産日をあらかじめ決めておく必要はない。通常の分娩と同じように、自然に陣痛が始まってから入院する。陣痛を起こすために薬を使う必要もないので、「できるだけ自然に産みたいというニーズにも応えられる」と大阪大の大滝千代講師は話す。

お産が始まってから無痛分娩にするかどうかを決めることも可能だ。「ぎりぎりまで無痛にせずに頑張りたい」「やはり耐えられないから無痛にしたい」など、その場で判断できる。

無痛分娩で使う麻酔は「硬膜外麻酔」と呼ばれる。腰の後ろから管を入れ、脊髄を取り巻く硬膜と呼ばれる部分の外側に麻酔薬を注入する。脊髄には痛みを伝える神経が集まっており、その信号が脳に伝わるのを麻酔薬で遮断する。

ただ硬膜外麻酔は、効果が出始めるまでに10~20分かかる。より早く痛みを取るために、より脊髄に近い場所に麻酔薬を入れる「脊椎麻酔」を併用することもある。この方法だと、数分で効き目が表れる。

どのタイミングで麻酔薬を使い始めるかは病院によって異なる。順天堂大の角倉教授は「痛みの感じ方は人それぞれ。本人が希望した時点で、我慢できる程度に投与する」と話す。出産の途中で痛みが強くなってきたら、麻酔薬を適宜追加する。

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無痛分娩は痛みが少ないだけでなく、お産がスムーズに進む面もある。愛育病院(神奈川県大和市)の井沢秀明理事長は「40歳以上の妊婦は、無痛分娩の方が(帝王切開でなく)経膣分娩できる可能性が高くなる」と指摘する。痛みがないと緊張が少ないため産道が柔らかく、赤ちゃんが下りて来やすいという。

また、もし緊急に帝王切開に踏み切るような事態に至った場合、麻酔を注入するルートがあらかじめ確保されている無痛分娩なら迅速に対応できるという利点もある。

一方で、麻酔によって母親の足の感覚が鈍くなり、いきみにくくなることがある。管を入れる腰部のかゆみや発熱なども報告されている。出産時間は1時間ほど長くなる。ただ麻酔をかけても、すべての感覚が失われるわけではないので、赤ちゃんが誕生した瞬間を感じることはできる。

出産後には100~200人に1人の割で頭痛が起きる。また自力で尿が出しにくくなり、カテーテルが必要になる人もいる。大抵は2、3日で治る。

麻酔薬が胎盤を通じて赤ちゃんに悪影響を与えることはないというのが、医学界の通説だ。ただ麻酔によって母体の血圧が低下し、赤ちゃんへの血流が減ることがある。分娩中に血圧を監視し、異常があったらすぐに対処する必要がある。

無痛分娩を考えている人にとって、最大の壁となるのは費用だろう。お産の費用は病院によって40万円から100万円以上と幅があるが、無痛分娩の場合、さらに10万~20万円の追加料金がかかる。

側湾症や椎間板ヘルニアで手術をした経験のある人、血液が固まりにくい人、抗血栓療法を受けている人などは硬膜外麻酔が使えないこともある。病院によく相談するとよい。無痛分娩の方法やリスクについても説明を求め、十分理解した上で選択するようにしたい。

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米欧などで普及 日本は精神論も根強く

日本では少数派の無痛分娩だが、先進国では普及している。順天堂大学の角倉弘行教授によると、米仏では帝王切開以外の分娩のうち8割以上が硬膜外麻酔による無痛分娩だという。英や独、シンガポールでも、帝王切開も含めた分娩全体の2~6割程度が無痛分娩だ。妊婦が麻酔を受けられる体制が整っている。一方、日本では産科と麻酔科の両方の訓練を受けた医師が少なく、人員が確保できないために無痛分娩を実施できない病院も多い。

日本で無痛分娩が広がらないのは、費用のほか「『おなかを痛めてこそ母親』との精神論が根強いこともあるのでは」と愛育病院の井沢秀明理事長は話す。家族に反対されたり罪悪感を感じたりしてやめる人が少なくないという。

(藤井寛子)

[日本経済新聞朝刊2016年12月25日付]

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